第23話 ボーノ陸軍元帥の奴隷解放宣言とバドリオ総司令官の就任
前書き
タイトルに書いている言葉を最後の方に少しだけ書いてあります。
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-イタリア:ローマ 外務省-
1935年10月4日
外務次官は非常に困惑していた。昨日、ドイツが突如としてイタリアにジャガイモの売却を打診をしてきたことで、現在ドイツ代表と交渉をしていたのだが、ドイツ側が新たな要件を追加してきたからである。
内容としては、
・果物(主にグレープ・オレンジ・レモン)を継続的に輸出して欲しい。
裏の交渉(公にしない交渉)として
・ドイツが戦争になった際に銃弾等の物資生産をして欲しい。
が盛り込まれていた。
外務次官は、ジャガイモの購入のみとだけしか考えていなかった為に非常に困惑していた。
「普段ならばこういう事は上の役職であるチャーノ外務大臣に伝えるはずなのにチャーノ外務大臣は外務大臣の仕事をドゥーチェに押し付けて、エチオピアに軍と共に行ってしまった…なぜ行ってしまったんだ!」
と発狂していた。彼が今回のエチオピア侵攻について昨日だけで10ヶ国あまりの在イタリア大使館の大使が外務省に乗り込んで、目の前で罵詈雑言を吐かれ精神がすり減っているというのにヨーロッパ諸国は観戦武官を派遣させろと厚顔無恥で言ってきてストレスが溜まったところに今回の案件で更に仕事が増えたことでなかば半狂乱なっていた。
-イタリア:ローマ 首相官邸-
同日
昼食を食べる前にアンナが今日追加された予定を報告しに来た。
「日本大使と駐在武官が会いに来ると?」
「はい、何でも陸軍の永田少将から依頼を受けているとのことで」
「わかった。今日は何時頃が空いてるかな?」
「夕食後の19時頃ですかね」
「わかった。じゃあ、その時間にお願い」
「わかりました」
同日 19時頃
「ムッソリーニ首相。今日はありがとうございます」
「全然気にしないで大丈夫ですよ。ところで永田少将からの依頼ということですが、何か渡されたんですか?」
「日本語を話せるのですか…?」
…やってしまった。なんとか誤魔化すか
「ええ、以前日本人から習ったことがあって」
「そうなのですか、文字も読めるのですか?」
旧字体だったら難しいけどね。
「難しい漢字以外は、できますね」
「そうですか、もしかしたら永田少将からの手紙も読めるかもしれませんね。我々は彼女の特殊な文字を読むことができないので…永田少将からは、ムッソリーニ首相なら読めると言って渡されましたから」
特殊な文字…?新字体のことかな?
「わかりました。もしよろしければその手紙を読むことはできますか?」
「勿論です」
と日本大使が言った後にもって来ていた封筒から手紙を取り出す。
「ありがとうございます」
手紙は予想通り新字体で書かれていて、普通に読むことができた。手紙を一通り読み終えるとそこには書いてあった兵器については質問した。
「三八式歩兵銃改とフェドロフM1916ですか…三八式歩兵銃改とはなんですか?三八式歩兵銃とは何が違うのですか?」
その質問に日本の駐在武官が答える。
「この三八式歩兵銃改は従来の三八式歩兵銃とは違って永田閣下が軍務局の局長に就任してから国家総動員体制の為に小銃の大量生産が必要であると言う事で、職人が一つ一つ手作業で製作していた三八式歩兵銃の図面の作製並びに部品の規格統一等を行い一挺あたりの単価の削減並びに大量生産が可能になったのが、この三八式歩兵銃改です。大量生産型の三八式短小銃もあります」
「これらの小銃を我が国に…?」
「はい、イタリア軍でカルカノ弾が使用可能な6.5mm口径の新型小銃を考えているとの事でしたので、少々設計は古いですが信頼性と対人攻撃が抜群なこの三八式歩兵銃改をお勧めます。威力・射程力等を落としますが取り回しやすく大量生産に向いている三八式短小銃もお勧めしますね」
「そうですか、両方とも国防省に話は通しておきます」
今朝、アンナから軍の意向を伝えられてたからちょうどいいかも知れない。
「ありがとうございます。時間をとって下さりありがとうございました」
そして、2人が退出したあとに私は手紙を読み返し呟いた。
「※①広田三原則を利用して日中戦争を無くす計画とは凄いこと考えたね」
あの条項は中華民国側にも配慮した作りに変える必要があるけど。
1935年10月20日
ボーノ元帥が史実通り奴隷解放宣言を行った。なお、奴隷から開放された人々は仕事を失った。戦後の統治後に元奴隷達の仕事を提供するのが最初の仕事になるのは別の話である。
そして、道路等を建設しながら侵攻するボーノ元帥の侵攻速度は上層部の想定よりも遥かに遅れていた。
そのことで、バドリオ元帥が11月に高等弁務官としてエリトリア戦線に派遣されたが一向に改善の兆しが見えなかった為に史実通り11月16日にムッソリーニはボーノ元帥を罷免し後任にバドリオ元帥がエリトリア戦線の司令官となった。
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イタリア王国軍記〜美少女ムッソリーニに転生したのでイタリアを改革しイタリア軍にやる気を出させイタリアを勝利に導く〜を
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因みにドイツがなぜ果物(グレープ・オレンジ・レモン)を要求を入れたのかというと、極東のある人物がヒトラーに怒りの電文送った事が原因です。
補足説明(ウイキペディア参考)
中華民国政府内の親日派は日本との提携関係を具体化すべく、1935年5月から広田外相と協議を始めた。中華民国側は「日中関係の平和的解決、対等の交際、排日の取締」の3条件を提示し、さらに満州国の承認取り消しを求めないという条件を伝えた。しかし広田はこれに納得せず、新たな「広田三原則」を提示した。
1 支那(中華民国)側をして排日言動の徹底的取締りを行いかつ欧米依存より脱却すると共に対日親善政策を採用し、諸政策を現実に実行し、さらに具体的問題につき帝国と提携せしむること。
2 支那側をして満州国に対し、窮極において正式承認を与えしむること必要なるも差当り満州国の独立を事実上黙認し、反満政策を罷めしむるのみならず少なくともその接満地域たる北支方面においては満州国との間に経済的および文化的の融通提携を行わしむること。
3 外蒙等より来る赤化勢力の脅威が日満支三国の脅威たるに鑑み、支那側をして外蒙接壌方面において右脅威排除のためわが方の希望する諸般の施設に協力せしむること。
この三原則は外務・陸・海の3大臣の了解事項となり、首相・岡田啓介、大蔵大臣・高橋是清もこれを了承した。中華民国側が失望(特に2番目)した。
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