王子様系幼馴染が乙女だと僕だけが知っている

蕨 来希

第1話

「実は前からずっと好きでした!…って伝えておいてください!」


放課後屋上に呼ばれたと思ったら、言われたのはその一言だった。前半だけであればすぐにでもその場で踊ってしまいそうになるが、その後に一瞬で夢から覚めてしまう告白?をされてしまう。


「あーえっと…それは柚亞にでいいんだよね?」

「はい!柚亞様…あ、いえ!柚亞さんにこれと一緒に!」


可愛い水玉模様の包装がされた物をクラスメイトである女の子から受け取る。今日はバレンタイン。十中八九チョコレートだろう。


「こういうのは直接本人に渡した方が喜ぶんじゃないかな、なんて…」

「いえ!こういった贈り物は直接本人にではなくまずはマネージャーさんに渡してから中身を確認してもらって柚亞さ…さんに届けてもらうというが決まりですので!」

「ま…マネージャー」


実はというとこの子でチョコを預かったのは八人目だ。去年に比べるとちょっとペースが遅いなーなんて思ってる僕も感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。というのもこんな事に巻き込まれているのは幼馴染の水嶋柚亞みずしま ゆあという存在のせいだ。


女子バレー部キャプテンをニ年にして務めるその実力とカリスマ性。身長165センチのモデル顔負けのスタイルには、運動で鍛えられた美しい引き締まった筋肉。その上顔までもが『神の彫刻』だなんて言われる美貌ときたからには、女子からは嫉妬なんてものは持たれず最早王子様と扱われている超が付く学校の有名人だ。


柚亞のファンクラブにはいくつもの設けられたルールがあるらしく今回こうしてチョコを預けてきたのもその一環なのだろう。と年々理解してきた。


直接本人に渡すのは緊張するし、何より彼女の学校生活に支障をきたすということでなにか贈り物をする際にはまずは小学校時代からの幼馴染である僕(ファンクラブの中ではマネージャーという認識)に渡すというルールが勝手に出来上がっていた。


「じゃあ本人には僕から渡しておくから」

「は、はい!お願いします!」


彼女は顔を真っ赤にしながら走って屋上から去って行ってしまった。毎度のことながら嵐が過ぎ去ったようなこの急展開には慣れることが出来ず、僕は数秒その場に立ち尽くしてしまう。


いやー青春してるな、などと思っているとポケットのスマホが揺れている事に気づいた。


『今日部活ミーティングだけだからさ一緒に帰りたいな』


渦中の人物である柚亞からのメッセージだった。


『分かった、裏門で待ってる』


柚亞が正門から帰らない時は用事があって忙しいからそっと見守るというルールが存在する為、こうして柚亞と帰る時は決まって裏門に集合する。改めて考えるとファンクラブの民度の高さには感心してしまう。




壁にもたれながら動画を見ていると右頬に冷たい感覚が突然走った。


「おーまーたーせ!」


柚亞は右手に僕の好物のオレンジジュースを持っていて、人懐っこい笑顔を浮かべていた。


「はいこれ、今年も迷惑かけちゃった分のお詫び?お礼?」

「気にしなくて良いのに、でも貰っていいならありがたく貰うね?」


柚亞から受け取るとカシュッと缶が気持ちの良い音を立てた。中からの柑橘系の良い香りを僕の鼻が迎え入れる。

喉が少し渇いていたのもあり、一気に飲み干して空き缶を近くの自販機の横のゴミ箱に入れた。


「良い飲みっぷり。君昔からオレンジジュース好きだもんね」


幼馴染だから好みを知られているのは当然といえば当然なのだがそこを触れられるのは少し照れくさい。


「健康に良いから」

「野菜ジュースは飲めないもんね」

「ま…まあ」


柚亞はいたずらっぽく笑うと気恥ずかしそうに手を僕の方に差し伸べた。


これは頑張ったからギュッして帰りたいという彼女の意思表示だ。

身長はほぼ変わらず目線が一緒で男としてはどこか敗北感を感じずにはいられないが、頬を赤く染めて何度も瞬きをするその姿に僕は思わず悶絶しそうになる。


彼女の手を握ると少し身体が跳ねた後、僕の手を強く握った。そして帰路につく。


周りは住宅街で、普段は雑談をしている奥様の声や遊び回る小学生の楽しそうな声が飛び交っているのだが、めずらしく今日はおらず頭上の茜色の空の下を飛ぶカラスの鳴き声だけが響き渡る。


柚亞は周りを見渡し近くに知り合いや人がいない事を確認すると、猫撫で声で愚痴りながら僕の肩に頭を預けてきた。


「王子様キャラ疲れるー」


柚亞が王子様を演じているのは半ば強引な女子からの理想に付き合ってるようなもので、彼女自身はどちらかというとそんな王子様が好きな乙女そのものであると幼馴染の僕だけしか知らない。


だから時折柚亞の乙女ゲージが貯まるとこうして発散する事にいつからかなっている。


ちなみにこんな場面をファンクラブに見られでもしたら命はないかもしれない。でもまあ大事な幼馴染を見捨てるのは出来ないし、年頃の男子としてはこんな可愛い子に甘えてもらえるというのは役得ということで全く悪い気はしない。


「今日も皆んなのために頑張ったね」

「本当に頑張ったのー。頭撫でてくれたら明日からも頑張れるかも」


いやあざとすぎるだろ。誰がこんなん我慢できるんだよ。

僕はその瞬間だけは光の速さだったろう彼女の頭に繋いでいない方の手が伸び、光で反射して艶が色っぽくも見える肩まで伸びた髪を優しく撫でた。


「んっ…」


気持ちよさそうに目を瞑って声を漏らしている。

…猫、猫だ。今僕が撫でているのは可愛い同級生の幼馴染なんかじゃなく可愛い猫ちゃんだ。どうにか劣情を抱かないように頭の中で柚亞を猫に変換する。


柚亞はあくまで腐れ縁の幼馴染だ。それ以上は望めない。輝く王子様の横に僕なんかが立つ事を皆んなは許さない。僕は半歩後ろについた従者がお似合いだ。


嬉しそうな顔をした柚亞を見ていると、僕の心の中で気恥ずかしさと劣等感が延々とかき混ぜられる。


「…あ、えっと忘れないうちに渡しておかないとね。皆んなからの贈り物」


僕は家からあらかじめ持ってきていた紙袋に預かっていたチョコを

移しておいた。それを通学バッグから取り出して柚亞に渡した。その際に僕が撫でていた手と繋いでいた手を離すと柚亞は睨んでいるのか、涙ぐんでいるのか僕の顔をじっと見てきたが、気づかないふりをして僕は紙袋に視線を飛ばした。


去年は少なくとも今年の倍はあったから大きめの袋を用意していたが、予想が外れて半分以上スペースが余り少し寂しく見えてしまう。


そこで僕は自分のバッグの中にあったお菓子も入れようと思い、お菓子をバッグから取り出し紙袋の中に入れこんだ。


「これは僕からの分だよ」


未開封の新品だし贈り物としては失礼じゃないだろう。と思ったが柚亞は僕が入れたお菓子を見て「ふーん」と低い声を漏らした。


「クッキー」

「嫌いだったっけ?」

「いや?別に?」


明らかに柚亞は少し不機嫌になった。証拠に僕の隣ではなく数歩先を歩き始めた。僕が歩く速度を上げて柚亞の隣に立ったと思ったら向こうも更に速度を上げる。


現役運動部に帰宅部が勝てるわけもなく僕は息を上げて、ただただ先を歩く柚亞を見ることしか出来ない。


しかし柚亞の方はというと、転んで泣きべそをかいていた少女をあやし、怪我してしまった少女の膝に自分のハンカチを巻いてあげたり、買い物袋が破れ中身を恥ずかしそうに急いで拾っている奥様のもとに駆け寄り、一緒になって拾ってあげるだけではなくなぜか持っていたエコバッグをそのまま差し上げていた。


そんなイベントがものの数分で起きて、彼女のスマートかつ丁寧で優しい彼女の爽やかスマイルが小さな少女から自分よりも年上の女性までもを魅了させたのか、頬を染めさせていた。


これはファンクラブが出来ても仕方がないなと考えていると、僕と柚亞が別れる交差点に差し掛かった。そこで柚亞は立ち止まり僕の方を向いた。


「…ありがとう。皆んなからの贈り物の事も。君からの分も」


僕の顔を見てはくれないが、少し悲しそうな顔をしているのだけは分かった。


「いや、いいんだよ。慣れっこだしね」

「いつも助かってる。色々」

「僕はマネージャーらしいからね」

「…マネージャー」


僕の発言に引っかかったのか、柚亞はマネージャーと繰り返しキッと僕を目に涙を溜めながら睨んできた。


「そっか、マネージャーだもんね。だからクッキーだし、さっきみたいな事もやらせてくれてるんだね」

「え?」


柚亞はそれ以上は何も言わずに、すぐさま自分の家の方へと振り返り帰ってしまった。




僕は何が柚亞を怒らせてしまったのが分からず、家に帰ってすぐにメッセージを飛ばした。


『柚亞今日はごめん。なにか嫌なことしちゃったんだよね』


柚亞は家にいる時は遅くとも十分もかからずに返事が返ってくる為、何度も壁に掛けられた時計を見て今か今かと返事を待つが、長い針が何度動いても携帯が揺れることはない。


それから結局風呂をあがった後に見ても、夕食を済ませた後に携帯を見ても液晶には彼女からのメッセージの通知は届いていなかった。


…柚亞はクッキーを見た途端態度が変わったな。


少し気になりネットで『バレンタイン クッキー』と検索をかけた。すると一番上には意味に『友達でいよう』と書かれていた。 


柚亞が怒ったのはそういう事でいいんだろうか。自分の自惚れなんじゃないか。そればかりが僕の頭の中を駆け巡る。


いつからか僕は柚亞に劣等感を感じていて、一緒にいることに後ろめたく思い、彼女と同じ立場でいられていなかったのではないだろうか。周りの目ばかり気にしていて一番近くにいた柚亞の事を全く見ていなかったのではないか。


とにかく柚亞を悲しませてしまったことには変わりはない。僕はただ柚亞の笑顔が見たい。そのための最善を尽くすだけだ。


『今から公園に来てほしい。君の言いたかった事が分かった』


もし朝まで待ちぼうけを喰らってもいい。僕がそう思っていると携帯が揺れた。


『いつものところでいい?』


柚亞からだった。僕はすぐに『うん』と返し、彼女とよく待ち合わせに使っている近所の公園まで走って向かう。


途中コンビニに寄り、色鮮やかなキャンディーを買った。それは今日気持ちを伝える僕の決心だ。




すでに柚亞は公園に着いていた。淡いピンクのパジャマに身を包む彼女は普段の凛々しい王子様のイメージは全く無くて、むしろ本当に可愛い素敵な女の子だ。


少し寒そうに両手を擦り合わせ、白い息を手に吹きかけながら息を切らしながら走ってきた僕をまだ少し睨むような目つきで見てきた。


「…さっきぶり」


声に少し棘があるけど僕の方を見てくれているだけ、さっきよりは幾分状況が良く思える。


「柚亞、さっきは本当にごめん。僕が無神経だった」

「…私こそごめんね。せっかく気持ちで贈り物をくれたのに」


柚亞は寂しそうに笑っている。


僕はこんな顔をさせる為に柚亞をここに呼んだわけじゃない。さっき買ったキャンディーを柚亞に渡した。


「え?これは…?」

「僕からの気持ち。…僕は君のマネージャーは嫌だし、腐れ縁の幼馴染ももう十分楽しんだ。これからは…」


今まで自分は釣り合わないだとか、ファンクラブの子達にどう思われるかだとかばかり気にしていて自分の気持ちに蓋をしていた。確かに彼女は運動も出来て容姿も優れてて、皆んなからの人気者だ。一緒にいて周りからなんて言われるかわからない。でもそんな事は関係ない。彼女は、柚亞は僕の大事な幼馴染で僕の…好きな人だ。


「恋人になって欲しい。僕と付き合ってください」


僕は頭を下げた。その為柚亞の顔は見えない。心臓の鼓動が今まで感じたことのない速さで動き、少しの眩暈と吐き気すら感じてしまう。


柚亞は無言で僕があげたキャンディーを一つ開け、そのまま口に入れたのが音から分かった。


「…顔、上げてくれる?」


顔を上げた。そして、その刹那映ったのは今まで見たことがないほどに顔を赤くさせた柚亞だった。いつも楽しそうに話す桜色の彼女の唇が僕の唇に触れていた。僕は柚亞とキスをしていた。


「私の王子様は昔からずーっと君だよ」


そんな事を言ってくれた彼女のキスは甘いキャンディーの味がした。


皆んなの憧れの王子様だと思われている彼女が、こんなにも可愛い乙女だと幼馴染の僕だけが知っている。

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