第334話 享楽の跡

「え、えぇ~~~~と……じ、実は」

「いい。聞いている暇はない。どうせ悪いのはアニオタへんたいだ」


 脂汗をダラダラと、ことの次第を説明しようとする誠司。

 聞くまでもないとアルテマは油取りの前に仁王立つ。


「……お前が油取りか?」


 冷ややかな、だけども静かな怒りを込めた目で見下ろす。

 こいつが私を操り、異世界へと送った張本人か。


「あ……う……あ…………アル……テマ……?」


 変態から解放され安心したもの束の間、まさかの鬼が登場したことに驚きが隠せない油取り。


 こいつはあの難陀くそヘビの元へ行ったはず。

 今頃は始末されていると思ったが……?

 見ると殺したはずの淫乱女もなぜか生きていて、こっちを睨んでいる。

 他にも逃げた金髪男や、見たこともない弓使いの爺さんまでいる。


 まさか…………?

 とにかく今度は〝まともな方向〟にマズイ展開だと察知する油取り。


「くっ――――世渡りっ!!」


 咄嗟に術を使うと裏の道へと逃げ込んだ。

 あのゲロゲロベロベロくそヘンタイには通用しなかったが、コイツになら通用するはず!!


 ここはいったん隠れてやり過ごす!!

 そして隙を見て絶対復習してやるっ!!

 そう算段した油取りだったが、


婬眼フェアリーズ

『右へ三歩、斜め下』


 ――――ざしゅっ!!!!


「あ゛ぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!??」


 あっさり居場所を見破られ、加護レリクスの竹刀で斬られてしまう。

 亜空間ごとぶった切られ、転がり出てくる油取り。

 手加減されたのか、エプロンとスク水の肩紐を切られただけですんでいるが、激烈な痛みにしばらくのたうち回った。


「な、な、な、なんで私の居場所がっ!?? そ、それにどうして裏の世界が切れるんだっ!!!!」

「ごたくはいいから。質問に答えろ」

「…………はい」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――……。


 突きつけられた竹刀。

 有無を言わせぬ鬼の迫力。

 油取りはすっかり気圧されて大人しくなる。


 油取りの術は、異世界的に言えば悪魔属性。

 場所さえわかれば、同じ属性の加護は浸透できる。

 そんな理屈をわかるはずもない油取りだが、アルテマとの力量差は理解できた。


「ここに霊堂と言われる場所があるはずだ。そこに案内してもらおう」

「れ……霊堂? な、なんなのさそれは……?」


 はだけた水着を抑えつつ怯え震える油取り。

 嘘をつく気はないですと涙目でうったえる。


「この神殿ピラミッドの地下に本家開門揖盗ナーガオリジナルの力を封じ込めた神具があるはずだ。その場所を探している」


 言い換えてやるアルテマ。

 油取りは目を踊らすと、


「そ……そこに行って何をするつもりだい……?」

「お前には関係ない。知っているなら教えろ。それとも死ぬか?」


 ハッタリなど微塵もない、本当の選択。

 暗黒騎士として、こういう駆け引きには慣れている。

 簡潔に答えねば拷問するし、嘘をついた場合は本当に殺す。

 その意志を視線にのせて油取りを見下ろした。

 理解した油取りは冷や汗ダラダラ、これは勝てないと観念した。


「わ……わかった。で、でも……言ったら許してくれるかい?」

「それはあいつに一任する」


 顎をクイッと。向こうで煙を上げているアニオタを指した。

 言わなければ殺されて、言っても尊厳を殺される。

 油取りは短い時間悩み、1-3と書かれたスク水の名札部分を握りしめる。


「わかった……案内するよ……」





 油取りの案内で、広間の奥へと進むアルテマたち。

 開いた門の向こう側は通路になって、しばらく進むと下へ降りる階段があった。


 どんな罠が仕掛けられているかわからない。

 婬眼フェアリーズがあるとはいえ、もしものために油取りを先頭に立たせ階段を下りる。

 荒縄でぐるぐる巻にした彼女は、ぬか娘が後ろ手を掴み、ついでに魔素回収用付属空中線デビルソードで魔素を吸収している。


 操られたお返しとばかりに、魔素切れギリギリまで枯れさせている。

 これで、何か企んでいたとしてもなにもできないだろう。

 とどめに燃えカスになったアニオタを起こしてやろうかとも思ったが、それはさすがに非道過ぎると勘弁してやった。


「……こ、この下の階の奥にゲートがあるんだ。そ、そこから霊堂に飛べるんだけど……。その……な、なにを見ても怒らないでおくれよぅ?」

「なんのことだ?」


 青い顔をして怯える油取り。

 一同は何のことだと顔を見合わせるが、下におりてその意味がわかった。




「こ……これは……?」


 苦い顔をして偽島がうめいた。

 下の階は牢獄になっていて、それぞれの牢屋には無数の人骨が転がっていた。

 骨にはそれぞれ足枷のついた鎖が結ばれて、拷問器具らしきものも血の跡とともに放置されてある。


「…………まさか、これはお前がやったものじゃないだろうな」


 怒りに震える偽島に、油取りは無言で目をそらした。

 誤魔化したとて、すでに拷問が趣味だと宣言している。

 聞いたのは、ただの反射みたいなもの。

 ここにある骨は、かつてコイツにさらわれた娘たちのもの。

 ならば最近さらわれた村の女児たちも――――。


 冷ややかな目をして銃を抜き、油取りの額に押し付ける偽島。


「ひ……ひぃぃぃ……ち、違うんだ……た、助けておくれよ」


 真っ青に怯える油取りだが、誰も止める者はいない。

 まだ目的に辿り着いていないのだから、ここは感情的になってはいけない場面だが、それをとがめられるほど、冷たい人間もいなかった。

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