第329話 正体

「ジュロウ王子!?」


 振り返るアルテマたち。

 むくろの王子は弱々しい思念で話しかけてきた。


難陀なんだは私の呪縛から逃れつつあります……』

「あ、あわわわわ……ミ、ミイラがしゃべった!??」


 ヨウツベは驚いて腰を抜かし、六段も驚いているが、クロードやぬか娘は事態を早く飲み込み、黙っている。


「呪縛から逃れるじゃと!? どういうことじゃ!? あいつはその聖剣に封印されているんじゃなかったのか!??」


 そう聞くは元一。

 アルテマも同意見だったが、しかし感覚がそれを否定していた。


『……彼は……永い年月の末、私の体を乗っ取っていったのです。……もはや私が自由なのは……この思念のみと言ってもいいでしょう』

「……やはりか」

『あなたは気付いておられるようですね暗黒騎士アルテマ。難陀なんだとはナーガと私を合わせた存在。そしてナーガは私という存在を乗っ取ることで再びナーガに戻ろうとしています』

「じゃ、じゃあ……こ、この地震は……?」

『ええ、聖騎士クロード。ナーガの凶悪な魔力が引き起こしている揺れですよ』

「ナーガじゃと!? ど、ど、ど、どこにそんなやつが!??」


 構える元一だが、狭い部屋の中にはみんながいるだけで他には誰もいない。

 アルテマは天井を見上げながら強張った顔をした。


「……上……だ」

『はい、その通りですアルテマ。ナーガは依代よりしろ……あなた達が龍穴の石祠と呼ぶその場所から姿を具現化させました。……彼はこのまま地上を攻撃するつもりです』

「なんのために!?」


 偽島が怒鳴った。

 その無礼をクロードが睨みつけるが、ジュロウは気にしていない。

 そして答えた。


『自分を殺させる方法をなくすためにですよ』





「神具……ですか?」


 カイギネスの腰にぶら下がる、分厚く重そうな剣を見る真子。

 ナーガを倒すには聖剣ボルテウスと魔剣ジークカイザーの共鳴が必要。

 すなわち双方の剣で同時に攻撃するしかない。


「ナーガにダメージを与えられるのはこの二つの剣しかありません。しかしそれでも片方だけでは命を取るまでには至らない。それはナーガの生命の源、核となる魂が本家開門揖盗ナーガオリジナルの壁によって護られているからです」


 あらためてジルが説明する。

 カイギネスは黙って、側近の二人も神妙に話を聞いている。


「聖剣ボルテウスは封印の剣。ナーガの自由を奪います。そして魔剣ジークカイザーは破邪の剣。魔(神)を滅します。封印によって本家開門揖盗ナーガオリジナルの機能を麻痺させているあいだにトドメを刺す。そういう流れです」


「では、いまのナーガは無防備だというのだな?」


 これはカイギネス。


「おそらくは」

「しかしジークカイザーはここにあり、ナーガは別世界にいる。その状況でどうやってトドメを刺せるというのだ?」

「簡単でございます。魔剣を操れる者、すなわちカイギネス様が異世界へ向かわれるか、ナーガをこちらに引きずり出すか。サイラス様はそう結論づけています」


 それを聞いたカーマインが、さすがに黙っていられないと口を挟んだ。


「お、お待ちくださいジル様!! いくらなんでも陛下にそのような危険な真似など――――」


 立ち上げるカーマインを手で制すジル。

 当のカイギネスは眉一つ動かしていない。


「もちろん、こちらから本家開門揖盗ナーガオリジナルに飛び込むという案は却下です。サイラス様もご自分の命よりも魔剣ジークカイザーの喪失を恐れ、これを否定しています」


「で、でしたらナーガをこちらに……?」

「そうなります」


「簡単に言ってくれるな。……ではサイラスはその方法も書き示していると言うことか?」

「はい」


 返事をすると、ジルは再び峡谷の側へと歩き始めた。

 カイギネス、真子、アベール、カーマインもそれに続く。


本家開門揖盗ナーガオリジナルの口がなぜいまだ開いたままなのかは説明させていただいたと思いますが……」

「うむ。開門揖盗デモン・ザ・ホールと分離したことで機能不全を起こしている……だったな?」

「はい。ナーガ本体をこちらに転送させるのに本家開門揖盗ナーガオリジナルの機能回復は絶対条件になります。ではどうすればいいのでしょうか?」


 さっぱりわからない。二人の騎士は顔を見合わせる。

 カイギネスも少し考えるが言葉を出せずにいた。

 すると真子が、


「あの……もしかして……その、開門揖盗デモン・ザ・ホールを元に戻してしまえばいいのではないでしょうか?」


 自信なげ、遠慮気味に答えた。

 その答えにカイギネスは目を見開き、ジルは目を細めた。


「はい、その通りです」

「ちょ……と待て……ジルよ。……元に戻すというが……そんなことをしてしまえば開門揖盗デモン・ザ・ホールという魔法が世界から消えてなくなるということだぞ?」


 魔法を放棄する方法は簡単。

 魔法の元になっている悪魔との主従関係を解除すればいい。

 それはごく簡単な儀式で行うことができる。


 開門揖盗デモン・ザ・ホールを完全使役している術者はカイギネス、ジル、アルテマの三人。

 これらがすべて契約を解除すれば開門揖盗デモン・ザ・ホールという魔法は世界との鎖を断ち、本来あるべき本家開門揖盗ナーガオリジナルへと帰っていくだろう。


 しかしそれをするということは異世界との関係を断つどころの話しではなく、このラゼルハイジャン内でも効力を失うということ。


 それはやはり帝国の危機を意味していた。

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