第328話 巣食うもの

「あいつら……大丈夫じゃろうかのう……ヒック」


 一升瓶片手に飲兵衛が裏山を見上げる。

 鉄の結束荘、職員室にて。

 まわりにはモジョ、占いさん、節子、そして偽島組からの助っ人三人がいる。

 とりあえずお茶菓子を囲んで待機しているが、みな表情は緊張していた。


「や……やっぱり俺たち加勢に向かったほうがいいんじゃないか!?」


 現場監督が苛立ちを隠さずにメンバーを見回す。

 六段からの連絡で中の状況は知らされている。

 ぬか娘は見つかったが悪魔との戦闘はまだ続いているという。

 アルテマたちとはぐれ、そっちの状況はわからないが、油取りとかいう悪魔から難陀なんだの心づもりははっきりした。


 もう決裂は決定したようなもの。

 ならば戦力は少しでも多くあった方がいい。


 それが現場監督の意見。

 部下の二人も、真子の生還がかかっている正念場となれば戦うつもりでいる。

 ほとんどが尻を捲くった社員の中で、この三人だけは真子の救出に命をかけて名乗り出た。バカなチンピラあがりだが人一倍真子を思い、情に厚い三人である。


「……やめとけ。もし本当に加勢が必要ならあのときに頼まれておる。ワシらはあくまで不慮の事態に備えた面子めんつじゃ。勝手に動くのはバカのすることじゃぞ? ……ヒック」

「ぐ……し、しかし……」


 今回の指揮官はアルテマ。

 プロの軍人で百戦錬磨の彼女がなにも言ってこないのだ。

 自分たち素人があーだこーだ言っても仕方がない。

 そんな飲兵衛の判断にモジョも賛成した。


「そうだな。それにお前らの武器……強力なんだろうが、そんなものダンジョン内で使ってみろ、下手すれば全員生き埋めだぞ……ふぁあぁぁぁぁぁぁ~~あ」


 緊張感なくあくびする。

 モジョにしてみれば、ぬか娘さえ無事なら、それでとりあえず問題無い。

 あとは余計なことをせずにさっさと帰ってきてほしいのだが……。

 窓から見える裏山を眺め、嫌な予感を口にする。


「まぁ……そうはいかないよなぁ……」


 つぶやいてしまってから「しまった……」と膝に顔を埋める。

 いまのセリフ……完全にフラグじゃないか。

 すると、やっぱり。


 ―――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!


 どこかから、地鳴りが聞こえてきた。

 続けて強い揺れ。


 ―――――がしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃ!!!!


 棚が傾いて、食器やらなにやらガラクタが埃とともに落ちてきた。


「な、なんだ、地震か!???」

「おぉおぉい、おっととと酒がこぼれるっ!!??」

「おわわわわ!??」

「………………………………すまん、私だ」


 慌てる男たち。

 だけども心構えの出来ていたモジョと、魔力を察知できる占いさんは慌てない。

 充分、驚いてはいたけども。


「…………まずいねぇ」


 いまだ揺れる中、窓際に座るモジョの元に、よろめきながらやってくる占いさん。

 モジョは無言で裏山の頂上付近を指さした。

 そこからはもうもうと土煙が上がっている。

 まるで火山でも噴火したかのように見えたが、そうじゃない。


「あそこは……龍穴の石祠があったところだねえ……?」

「そうだな」


 いやな予感――どころでなく。

 あからさまに危険な魔力が、ギンギンと伝わってきた。


難陀なんだ……か?」


 土煙の中から龍の影が浮かび上がった。

 それを見てモジョがつぶやくが、占いさんには少し違って感じた。


「あれは……違う……難陀なんだではないぞ!?」

「え?」


 じゃあなんなんだ?

 モジョが聞き返そうとしたとき、


 ――――ゴッ―――――――――――――――ガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!


 影の中、難陀なんだらしき存在が黒い光線を放った!!


「――――っ!!」


 それは一瞬にして蹄沢集落を縦に斬ると、そのまま川向こうへ、そしてそのまた向こうの集落へと抜けて向かいの山へと照射される。

 一瞬おくれて。


 ドッッッッッッッッッッバァァァアァアァァァァァァァァァァァァァァァアァアァァァァァァァァァァァァァァァアァアァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!


 黒光線が通過した軌跡、その地面が爆発したように吹き上がった!!


「な、なんだ!?? なにが起こったんやっ!!??」


 酒をひっくり返しながら飲兵衛。

 現場監督たちも窓にかじりつき、そのデタラメな光景に血の気を失う。

 捲れ上がった地面から炎が吹き荒れる。

 粉々にされたいくつかの家は燃え上がり、村人たちの悲鳴が聞こえてきた。

 はるか向かいの山も、木々が土ごと吹き飛ばされ火をあげている。

 まるで戦艦の砲撃か空襲でも受けたかのような惨劇に、偽島組の三人は唖然と立ち尽くした。


「こ……こ、こ、こ、これがな、な、難陀なんだって龍の攻撃か!? う……嘘だろおい!??」


 いや、違う。

 モジョは気がついた。

 聞いていた話だと難陀なんだのブレスは黄金色をしていたはず。

 しかしいまのは漆黒の咆哮。

 占いさんの言うとおり、あれは難陀なんだではない?


 ならいったい!??


 土煙が晴れてくる。

 徐々に鮮明になってくる龍の姿。

 それは難陀なんだの姿とはあきらかに違う。

 さらに禍々しく、巨大なムカデのような醜悪さをしていた。

 まるで山から抜け出ようとしている寄生虫のように蠢いて、威圧的に地上を見下ろしている。


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 感じる、大きな邪悪の波動。 


「魔竜……ナーガ、じゃ……」


 占いさんはそれを受け止め、直感的にその正体を見破った。

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