第327話 お前……どこを?

 砕け散った白の世界。

 声がしたほうへ振り向くと、そこには飛び込んでくるぬか娘の姿が。


 彼女が破壊した結界は、そのままアルテマたちを閉じ込めていた白の世界。

 亜空間という牢獄から開放されたアルテマは、いままさに剣を振り下ろそうとしている難陀なんだを見上げた。


「――――ぐぅっ、油取りめ、役に立たぬっ!!」


 怒りの表情。

 同時に姿が揺らいで、端から消えていく。

 白の世界が無くなったので姿を維持できなくなったのだ。


「アルテマちゃんっ!!」


 ぬか娘が抱きついてくる。

 白は完全になくなり、元の薄暗い祭壇部屋へと戻った。

 難陀なんだも消え、残るのは折り重なるように倒れた元一と偽島。

 そしてジュロウ王子のむくろだけとなった。


「ごほっ、ごほっ!? ――……ぬ、ぬか娘……?」


 思い出したように、激しく血を吐くアルテマ。

 胸の傷からも血がダクダクとあふれ出す。


「クロードッ!!」


 そんなアルテマを抱きかかえ、悲鳴まじりに叫ぶぬか娘。

 すでに光っている手をかかげ、クロードはアルテマの側に膝をつく。


「やられたな」

「………………ああ」


 一番見られたくない相手、世話になりたくない相手。

 しかしいまは正直、助かったと内心で感謝する。

 これまでなにがあったのかを聞けば、吹き飛ぶほどの感謝だが。


 ヒールによって傷が塞がっていく。

 痛みで麻痺していた感覚がよみがえり、意識も鮮明になってきた。


「――――……おい」

「なんだ?」


 だからこそ気がついた、胸の違和感。

 見るとクロードの手が、がっつり、小さな乳房を掴んでいた。


「お前……まさかわざとじゃないだろうな」


 傷はたしかに乳房と重なっていたが……どうなんだ?

 ヒールというのは傷口に触れないといけなかったか?

 使い手ではないアルテマにはよくわからない。


「……よし、こんなものだろう。いいか、これは貸しにしとくぞ?」

「いや、貸し借りはなしだ。むしろお前が払え」

「ああん?」


 微妙な空気でにらみ合う二人。

 その横でぬか娘は般若に変身していた。





「……ぐす……こ、これで文句ないだろう……なんなんだお前らは」

「うるさい、この変態ロリコンナルシスト。ゲンさんに告げ口しないだけでもありがたく思いなさいよね!!」


 元一と偽島を回復させたクロードは、お手柄にもかかわらず、ぬか娘とアルテマにボコボコにされていた。

 乳を触ったせいだと言われたが、局部的な治療ならば、ああしたほうが効果は集中されるし魔力の消費も抑えられる。

 まだ危機が収まっていない状況を考慮した上での判断だったと、いくら言っても暴力を止めてもらえなかった。


「しかし……一体なにがあった? ゲンさんたちはどうしてこんな怪我を?」

「そ……それに……このミイラは? まさか……源次郎?」


 状況を確認する六段とヨウツベ。

 アルテマはうなずき、起こったことを説明した。





「やっぱり……じゃあ難陀なんだって、ナーガとジュロウ王子が混在した存在だったんだね?」

「やっぱり? やっぱりとはなんだ?」


 今度はヨウツベが油取りとの出来事を説明する。


「油取り……? ではそいつにたぶらかされて、私は異世界へと渡ってしまったのか……?」

「うん、多分……今日のぬか娘のようにね」



 あの日、自分は何者かに誘われて難陀なんだの元へと連れられた。落ち込んで心が弱くなっていた所につけ込まれ、体を乗っ取られてしまったということか?

 そして……おそらくそこで何らかの選別が行われ、依茉えまだけが異世界へと送られた。そのときにいた他の娘たちはおそらく……。


 悲痛の面持ちで考え込むアルテマ。

 元一も弓を握りしめて怒りの目を向けた。


「それで、そいつはまだ地下にいるのか?」


 堕天の弓は誘導式。

 指定した相手の魔力を追跡し追いかける。

 一矢ならば捉えきれないかもしれないが、乱射すれば一発くらいは当てられるだろう。


「いや……まぁ……そうなんだけど……」


 ヨウツベはさらに深く事情を説明した。

 聞いた元一とアルテマはなんとも言い難い、微妙な表情。


「ヤツのことだ。殺しはしないだろうが、それ以上に屈辱を与えているだろう。それでも始末したいと言うのならば行けばいいだろうが、目を背ける覚悟はしておいたほうがいいだろうな」


 そう忠告するのはクロード。

 こいつがそういうのならば、とりあえず油取りの脅威は消滅していると判断していいだろう。ならばいま優先すべきことは――――。


「おい? 村長は――誠司はどこに行った?」

「え? あれ……あ、忘れてきたかも……」


 偽島の言葉にハッとするヨウツベ。

 六段もクロードと顔を見合わせ苦笑いする。

 影が薄かったのだ。いまのいままで存在を忘れていた。


「お前らなぁ……」


 偽島が呆れたとき、

 ―――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!


 突如、地の底から謎の重低音が響いてきた。

 やがて振動に変わると、アルテマたちを立っていられないほどに揺さぶった。


「な、なんだ!??」

「うわわわっ!???」

「むおぉぉぉぉ!??」

「きゃあぁぁぁアルテマちゃん!!」

「じ、地震か!???」

「いや、違う――――これは!??」

難陀トカゲ!? いや……!???」


 みんなが慌てる中、アルテマとクロードだけは感じ取っていた。

 湧き上がる、圧倒的に邪悪で――――強い魔力。

 それは難陀なんだの気配だったが、いつものそれとは質が違う。

 いままでの聖魔混在した魔力ではなく、かなり聖の弱い、より悪魔的な存在に変わっていた。


『いけません……ね。ナーガ……』


 背後から声がした。

 それは枯れたまま横たわる、ジュロウ王子の躯から発せられた声だった。

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