第326話 二つの結界

「いまの声はっ!?」


 ただならぬ気配。

 ハッとした顔で三人に振り返るぬか娘。


「に、偽島さんの声だったよ!?」

太陽砲アマテラスとか叫んでいたな!? どういうことだっ!?」


 予想もしていなかった不穏に、六段も困惑の色を隠せない。

 雰囲気から、結界の奥でアルテマたちが何かと戦闘しているのはわかった。

 しかしアマテラスの名を出すなど、尋常なことではない。

 なぜならあれはまだ一度も発動させたことすらない未知数な魔法陣。

 そんなものに頼ろうとしているのは、相応の危機的状況だということ。

 アルテマたちの通常戦力では刃が立たない相手だということ。

 そんなものの、心当たりは一つしかない。


「クロード、まずいぞ!! 早く!! 早く解除しろ!!」

「無理だ。この結界はただの結界じゃない。俺の魔法は通じない!!」

「じゃあどうするっていうのよ役立たずっ!!」

「お前っ!??」


 だから俺けっこう役に立っているはずだぞっ!!??

 そう言い返そうとしたとき、結界、その中心の聖なる光りから声が発せられた。


(聖騎士…………鏡…………合わせ……)


 聞いたこともない、若い男の声。

 ぬか娘と六段、ヨウツベの三人には言葉が途切れ、意味がわからなかった。

 しかしクロードは何かを理解したようだった。


「……ジュロウ……王子!?」


 動かない体をそれでも動かし、せめて膝をつく。

 不自由な今、できうりる限りの礼儀を持って、見えない何かに低頭した。

 そして二、三うなずくと、ぎこちなく立ち上がった。


「??? な、なにがあったんだいクロード」

「詳しくはあとだ!! とにかく結界を破壊するぞ!!」

「できるのか!??」

「ああ、こいつはナーガが作り出した魔の結界。しかしその素はジュロウ王子の聖気でできている」

「???? 意味がわからんっ!!」


 怒鳴る六段。同じくの二人。

 クロードは苛立って、とにかく事を進めようとぬか娘へと手を伸ばした。


「ぎゃあっ!! だから触らないでってっ!! 変態ナルシストっ!!」

「この結界は聖と魔が混在している!! だから俺の魔法が通じなかった!! しかしお前の鎧、逆神ぎゃくしんの鏡。そのまわりだけは聖が分離し、魔だけの結界になっている!!」

「え!?」


 たしかに。自分のまわりだけ他とはもやの色が違っていた。

 より黒いというか白が抜けている感じ。


「つまり!??」


 気が進まないが、言われるがまま手を伸ばす。

 クロードはその手を掴むと、ぐいっとぬか娘を引き寄せた。


「ぎやぁぁああぁぁぁぁぁっ!!!! だ、だからセクハラはやめろって言ってんでしょーーーーーーーーっ!! 変態変態ド変態っ!!!!」


 顔面を押され、引っ掻かれ、殴られるクロード。

 逆神ぎゃくしんの鏡と接触し、かかっている加護が壊れるが問題ない。

 真っ赤になって暴れるぬか娘を、黒いもやを挟み込むように抱き寄せる。

 そして再度、解呪魔法を唱えた。


「――――リスペルっ!!」


 一度目、まったく通用しなかったそれは――――、

 ――――バキャアァァアァァァァァァァンッ!!!!

 今度はいとも簡単に魔を砕いた。


 一点を割られたガラスが端から崩壊していくよう、全てがバラバラに砕け落ちる黒い靄。


「やったっ!?? え?? でもまだ動けないよ!??」


 開放されたと一瞬喜んだヨウツベだったが、体はまだ拘束されたまま。

 黒は破壊されたが、その下にまだ白が残っていた。


 白、すなわち聖なる結界。


 これを破壊することはクロードにはできない。

 入り口の結界ですらアレだったのだ。

 ジュロウ王子の魔法力で作られた聖結界はさらなる強度があるはず。

 だけどもそれはまったく問題にならない。


 ――――ガンガンガンッ!!!!


 結界の向こうから銃声が聞こえてきた。

 若い男の笑い声も聞こえてくる。

 アルテマにとどめを刺そうとしている難陀なんだの声だが、そのことはクロード以外の三人にはわからない。


 クロードにはジュロウ王子の声がはっきりと聞こえていた。

 いや、声と言うよりは魂の思念のようなものを。


 エルフは精霊を介して意思の疎通ができる。

 以前、ジルとしたようにクロードはジュロウ王子の魂と直接会話をした。

 結界の奥で起こっていることは全て把握した。


 ジュロウ王子とナーガは長い封印の末、同化しかかっていた。

 世界を喰らい尽くそうとする破壊の化身『魔竜ナーガ』の霊力は凄まじく、同化されてしまえばその人格はナーガに統一され、ジュロウ王子は消滅してしまう。

 これまで、被害が生贄程度で済まされていたのは全てジュロウ王子の人格がナーガを抑えつけていたおかげ。

 王子が消滅してしまえば難陀なんだはナーガへと戻り、その本能のまま暴れ尽くすだろう。

 たとえこの地に封印されていたとしてもその被害は計り知れないものになる。


「アルテマちゃんっ!!」


 ぬか娘が叫ぶ!!

 同時に鎧が輝き、白い靄を粉々に破壊した。


「行け、エロゲ戦士!! そのまま光に突っ込めっ!!」

「どりゃあぁああぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」


 言われなくともっ!!

 ぬか娘は白と黒の靄が晴れたあと、通路を塞ぐように展開する、不思議な壁に飛び込んでいった。


 七色に揺らめき、その中心に聖なる輝きの円盤が。

 最初に見た不思議な光の正体だろうそれは、聖気で形作られた王家の紋章。


 この結界の中にアルテマがいる。

 白い靄よりも遥かに強力。

 もはや王家の人間以外、破壊は不可能だろうと強固に張られたその結界。


 しかし逆神ぎゃくしんの鏡はそんな鉄壁の牢ですらお構いなしに、

 ――――バギャァァアアァァァァアアァァァァァァンッ!!!!

 粉砕した!!


 砕け散る聖気の破片、その奥に。

 収束しつつある白の世界と剣を振り上げたジュロウ王子。

 そして唖然とこっちを見る、アルテマの姿があった。

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