第322話 違和感

「俺が犠牲になっているうちにやれっ!! 太陽砲アマテラスをぶち込んでやれっ!!」


 かすれる視界、ぼやける音の中でアルテマはその叫びを聞いていた。


 ジュロウと同化した難陀なんだ

 襲いくるその前に、立ちふさがってくれるのは偽島誠。

 その背中から剣が突き出ているのが見えた。


 難陀なんだの視線は自分の方にしか向いていない。

 雑魚など眼中にないとばかりに偽島を払おうとするが、しかし彼は難陀なんだの体にがっちりしがみついて離れなかった。


 目線だけをこっちに向けて、パクパクと何かを言っている。

 早くしろ。 そう言っている。

 無茶を言うな。

 ダメージを受け、動けない体をそのままに、アルテマは睨み返した。


 アマテラス召喚。

 その魔法を行使するには膨大な魔力と一つの儀式が必要となる。

 そのどちらも、いまの自分には扱うことができない。


 元一が倒れている。

 堕天の矢を胸に貫かれ、背中から血を流し。


 ――――ダァンッ!!!!


「ぐふっ!?」

 偽島もいま、引き倒された。

「ぐはぁあっ!!!!」

 吹き出す鮮血。

 頭を踏みつけられ、力任せに刃を抜かれた。


 全滅。

 アルテマの頭に浮かぶ文字。


 やはり難陀なんだに勝てはしなかった。

 本来の魔力を取り戻した程度で勝てる気になっていた自分はやはり愚かだ。

 神格の龍相手に、鬼ふぜいがいったい何ができるというのか。

 何もできなかった。させてもらえなかった。

 今度こそ……殺される。


 前回とはあきらかに違う。

 難陀なんだの冷たい目を見てアルテマはそれを確信した。


 しかし同時に不思議にも思った。

 ――――難陀なんだの目。こんなにも温度がなかったか?

 虫けら――いや、それ以下を見下すような。

 話す価値もない相手。

 そんな目はいままで向けてこなかった。

 怒らせたというのもあるだろうが、それでもこれは……?


 なんとなくアルテマは理解する。

 これまでの難陀なんだはもしかしてジュロウだったのではないか?

 いや、もっと正しくは難陀なんだとジュロウ、二人と会話をしていた?


 攻撃されたり、許されたり。

 何かを期待されたりもした。


 会話と要求が、いったい何をしたいのか支離滅裂で掴みどころがなかった。

 それは難陀なんだとジュロウ。

 二人の思惑が別々だったから?

 そう考えると――――自分を殺さないようにしていたのはきっとジュロウ。

 彼はいまでも難陀なんだを倒そうと考えている。

 そのために私を必要としていたのなら、私はどう行動したら良かったのだろう?

  

 わかるのは。

 いまここにいて、倒されようとしているのはきっとジュロウ王子にとって最悪の展開なんだろうということ。



 カラカラ、カシャァーーーーーーーーッ。


 偽島の拳銃が転がってきた。

 アルテマはかろうじて腕を動かすとそれを掴み取った。

 拳銃には魔呪浸刀レリクスの加護がかけられている。

 龍脈は閉じられ異世界魔法は使えないけれども、すでにかけてある魔法までは消えないようだ。


「せめてもの……武器……か?」


 王子が私に何を期待していたのかはわからない。

 しかしそれを聞き出すことが難陀なんだを倒す決定打になるはず。

 

 ガンガンガンッ!!!!


 引き金を引いて弾を発射させた。

 腕を固定できなくて狙いはむちゃくちゃだったが、かろうじて一発だけは難陀なんだに向かってくれた。

 だけども――――。


 ――――ボヒュッ!!!!


 精神生命体の体には実弾は効かない。

 魔呪浸刀レリクスの加護は効果があるが、しかしそれも姿を揺らめかせただけ。

 まるでダメージを与えられていない事実に、アルテマは諦めの汗を流す。


『ふん、鬼の娘が……最後は無様なものだったな。ジュロウよ貴様の命運もこれで潰えようよ……ふはは、ふははははははははは』

『………………………』


 勝ち誇って笑う顔。悔しさに歪む顔。

 二つの表情が浮かび上がった。


(結界を…………鏡…………聖騎……)


 ジュロウ王子の思念が飛んできた。

 それはとても弱々しくて、言葉を紡ぎきれないでいた。

 その様子を感じ取り、もうほとんど力は残っていないのだとアルテマは悟った。

 きっともう体の主導権はほとんど奪われてしまっているのだろう。

 いままでの行動もかろうじて、力を振り絞っていたのだと思う。


 祭壇に横たわり、枯れた本体。

 それを見て力になれなかった自分を不甲斐なく、申し訳なく思うアルテマ。

 みんな……すまない、もうどうすることもできない……。

 ゲン……お父さん……お母さん……私は……。


『くたばるがいい。神に逆らう愚か者が』


 難陀なんだの剣が一片の慈悲もなく、アルテマの首に振り下ろされた。

 ――――これまでか。

 観念して固く目を閉じる。


『アルテマちゃんっ!!』


 そのとき、声が聞こえた――――気がした。

 ぬか娘の声が、たしかに。

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