第315話 世渡り

「はぁ~~~~やっと開放されたよ~~窮屈だったなぁ~~」


 やれやれと肩を回す油取り。

 小さな体に着物姿。小麦色のおかっぱ頭には狐の耳が生え、お尻にも同じく狐の尻尾が生えていた。


「……それがお前の正体か?」

「ああそうさ。どうだい? そこの淫乱姉ちゃんよりもずっと可愛いもんだろう? くすくすくすくす」


 クロードに対し挑発的におどける油取り。

 アニオタはしばらくのためらいのあと、コクリと静かにうなずいた。

 ヨウツベの白い目と六段の鉄拳が振り下ろされる。

 その下で、ぬか娘は血を吐いて咳き込んでいた。


「さて……じゃあ次はお前たちの番だよぉ?」


 妖しく笑う油取り。

 ぬか娘から抜け出したことで、いよいよ本領発揮とばかりに妖力を高める。

 クロードはそれを感じて、用心深く身構えた。


「うれしいねぇ~~本気で戦うのは800年ぶりくらいかなぁ~~。ずっと人集めばかりやらされてたから退屈してたんだよねぇ~~~~。もしかしたらちょっとは鈍ってるかもよぉ~~。だったらラッキーだねぇ~~。優男さん、くすくすくすくす」


 六段に目配せするクロード。

 上級と名乗るからには、こいつもあの季里姫級の戦闘力があるに違いない。

 六段はぬか娘を担ぐと部屋の隅へと避難する。

 ヨウツベは別方向の隅へと離れる。

 アニオタはなぜかクロードの側から離れなかった。


「……おい、お前も離れていろ」

「い、い、い、嫌でござる。ぼ、ぼ、ぼ、ぼくも一緒に戦うでござる!! せ、せ、せ、正義のために!!!!」


 目は完全に油取りに釘付け。

 正義など微塵もない。よこしまな気持ち100%だが、盾ぐらいにはなるだろう。

 そう考え、好きにさせるクロード。


「いまから死んじゃうってのに、ごちゃごちゃ余裕だねぇ~~くすくす。……どんな小細工したって私にはどうせ勝てやしないよっ!!」


 少し苛立った笑いをうかべる油取り。

 どこからか取り出した針を両手に握る。

 そして――――ドンッ!!

 間をとらず、いきなり、一足飛びに襲いかかってきた!!


「――――ぬっ!?」


 見た目から、なにかやっかいな妖術でも使ってくるかと思いきや、意外な直進に虚を突かれたクロード。

 武器は針二本。アサシンタイプか?

 推測する。

 針と剣が接触する瞬間――――フッ!!


「っ!?」


 油取りの姿が消えた。

 そして――――ブシュッ!!!!

 脇腹に痛みが走った!!

 咄嗟に見ると、そこには針が深々と刺さっている。

 ――――いつの間に!??


「ぐっ!??」


 返す剣を振るうが、またも姿が消え、

 ――――ブシュッ!!!!

 今度は反対側の腹を刺される。


 ――――ザザザッ!!

「くふふふふふふふふふふ。どうだい私の動き、見えないでしょぉ?」


 少し離れた場所に現れ、狐のように四つん這いに、針を咥えて笑う油取り。

 相手の混乱が冷めないうちに、考えさせないようになのか、間を取ることもなくすぐさままた飛びかかってきた!!

 

 そして――――フッ。

 途中でまた、その姿を消した。


 確かに見えない。

 恐ろしく早い動き。

 しかしそういう相手との戦いも充分経験している。


 クロードは魔力を開放して周囲に魔素の幕を張った。

 動きの早い魔物との戦闘でよく使う技である。

 魔素の幕を触覚代わりに、敵を感知するのだ。

 これならば相手がどんなに早く動いても、その一瞬先に反応することができる。


 しかし――――ドスゥッ!!!!


「なにっ!?」


 油取りはその幕を揺らすことなく、突き抜けてきた。

 今度は、胸に突き立てられた!!


「ぐふっ!??」

「あーーーーはははははは!! なんだか小細工したみたいだけど~~~~残念でしたぁ!! 私ってそんなに安くないわよぉ~~くすくすくすくす」


 ――――だろうな。


 針の穴から血と魔力が抜けていくのを感じ、クロードは納得していた。

 ただ早いだけの悪魔なら低級にもゴロゴロいる。

 上級と言うからにはその程度ですむわけがない。

 幕に感知しなかっただと……?

 ならばその答えは一つしかない。

 クロードは確信して言った。


「お前……〝消えて〟いるな……?」


 それを聞いた油取りは答える代わりに、ニンマリと目を細くした。


「へぇ~~~~。いまのだけでわかるんだ。あんたなかなか喧嘩上手じゃないか~~~~。そうさその通り。私のもう一つの術は『世渡よわたり』空間の裏側を走って移動する術さぁ。くすくすくすくす」


 いやらしく笑うと種明かしとばかり。

 今度は予備動作なしにスゥ……と消えてみせる。

 そして微塵の気配も感じさせずにクロードの背後に出現すると、


 ――――ずぶずぶずぶずぶ。


「ぐぅぅぅっ!??」


 肩に、ゆっくりと針を埋められた。

 深く。深く。

 だけども致命傷をさけて。


「……私さぁ~~ホントはもっと派手な術がほしかったんだよねぇ~~~~。だってさ~~コレ地味じゃん。あんまり強くなさそうじゃん? そのくせ妖力だけはバカスカ食ってさぁ~~。だから嫌いだったんだよねぇ。でもさジュロウ様は褒めてくれたんだよ。とても実践的で有効な術だって。どんな大魔法よりも強力だって。さすが上級悪魔だねって。えへへへへへへへへへへへへへへへへ」


 幸せそうに笑う油取り。

 なるほど……ジュロウ王子はそう判断したか。

 消えて、好きな場所から現れる。


 つまりは瞬間移動。

 

 地味だが、戦いにおいてこれほど厄介な術はない。

 本気でそんなことをやられたら、どんな猛者でも勝てはしない。

 かつての聖王国王子が認めた術ならば、攻略法も簡単には見つけられないということ。


 あんまり強くなさそう?

 馬鹿を言うな。

 見えない姿。感じ取れない気配。

 避けようもない完全隠密攻撃に、クロードは勝つ道筋を見失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る