第314話 狙い

「んぎゃ!! ぐぎゃっ!! むぎゃんっ!!!!」


 痛々しい女性の悲鳴が地下室に響く。

 その声に意識を戻されたのは六段とアニオタ。

 朦朧とする目で声の方向を見ると、クロード相手にボコボコ殴られているぬか娘の姿が。


「なっ!??」

「え~~~~っとこれはいったいどういう状況でござるかな……。僕たちはどうなったのでござるかな……????」


 見るも耐えない惨劇。

 まったく状況が理解できないし、想像もできない。

 さすがのアニオタもドン引きの目で質問してきた。

 


「ああ……起きたんだね、良かった。いやその……これはね……」


 ヨウツベは二人に事情を説明した。


「……なるほど……それは世話をかけた。しかしこのままでは……ぬか娘があまりにかわいそうじゃないか……?」


 女性とは命をかけて護るもの。

 そう教わった昭和の男である六段には、たとえ事情があるとはいえ、こうも思い切りよく女を殴れるクロードが信じられなかった。


「で、で、で、で、でも相手は子供殺しの悪魔でござるし、先日の子供たちも真子殿以外は殺されたということでござろう!!??」

「わ、わからない……ケド……もしかしたら」


 血の涙を流すアニオタ。

 どんな意味の血涙けつるいかわからないが、怒る気持ちに間違いはない。


「と、ともかく……クロードの狙いはぬか娘の体から悪魔を引きずり出すことだと思う。僕らはそれに備えて援護の準備をしよう!!」





(聞いてないなぁ~~~~~~……)


 殴られながら、心の中で首をかしげる油取り。

 コイツラは仲間じゃなかったのか?

 そして仲間とは決して傷つけ合わないのじゃなかったか?


 ジュロウ様に鬼娘と話がしたいと相談された。

 難陀くそヘビに淫乱女が厄介だと排除を命じられた。


 一石二鳥の作戦として、この女を操り、鬼娘をおびき寄せたのだ。

 大人に乗り移るなど、本当ならヘドが出るほど気持ち悪い。

 大人の汚れた精神が不味くてしょうがないからだ。


 乗っ取りの術を使っているあいだ、他の術は使えない。

 せいぜい針で刺し返すくらいだが、体術ではこの金髪美形にはどうやら敵わない。

 できればこのまま、この女を操っておきたかったが、やられてしまっては元も子もない。


 鬼娘とジュロウ様を会わせるという、第一目標は果たしたのだ。

 あとは難陀くそヘビの指示だけども。

 このまま淫乱女を殺させても良いが、さてどうだろう?

 この金髪美形。

 一見、無慈悲に攻撃しているように見えるが、その実、しっかり大怪我だけはさせないよう大事なところは外している。


 痛みに音を上げて私が飛び出てくるのを待っている。

 狙いはさしずめそんなところだろうよ。

 バカめ、誰がそんな見え見えの手に乗ってやるものか。


 と――――言いたいところだけど、痛いのも事実。

 なにより。

 この上級悪魔たる油取り様が、こんな汚らわしい優男に好きなようにやられてて我慢できるはずがない。


「……しょうがないなぁ……くすくすくすくす」


 油取りは、不敵に笑って針を持ち直す。

 そしてぬか娘じぶんの首に向かって、躊躇うことなくそれを突き刺した。

 ―――――ずぶずぶずぶずぶ……。


「――――ぐっ!? いったあぁぁいっ!! くすくすくすくす」

「なっ!?」


 ――――ぶしゅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~……。


 針の頭から鮮血が激しく飛び出し、床を赤く染めた。 


 突然の狂行に一瞬、こぶしが止まるクロード。

 苦しんでいるのは油取りだが、実際に傷ついたのはぬか娘。

 深々と刺さった針は空洞になっていて、そこから止めどなく血が流れていく。


「……まずは目標達せぇ~~~~~~い。くすくすくすくすくすくす。……あとは邪魔なアンタたちをぶち殺せばご褒美倍増~~~~~~うふふふふ――――ごふっ」


 悪魔的に笑うと、傷ついた体からさっさと離脱する油取り。


「ちっ!!」


 そこを狙って聖剣の一撃を与えたかったが、正気に戻ったエロゲ戦士の戸惑った目を見て断念するクロード。

 倒れかかってきた体を抱きかかえると、すばやく後ろに飛び退いた。


「お、おい、大丈夫かエロゲ戦士!! おいっ!!」

「がふっ!! げふっ!?? ……えっ!?? ……これなに……?? げふごほっ!!??」


 操られている間の記憶がなかったのか、わけもわからず血を吐き咳き込む。

 体も動かせずに、苦しそうに痙攣していた。


「な、なんてことを……ぬ、ぬか娘っ!!」

「あ、あわわわわわわわ!! た、た、た、大変でござる!! は、針が骨の中を貫いているでござるよ、こ、こ、このままでは死んでしまうでござるよっ!!??」


 予測していなかった出来事に慌てふためくヨウツベとアニオタ。

 どんどんと、ぬか娘の目が虚ろになっていく。

 六段は冷静に、


「おい、早くヒールとやらを使え!! お前ならこの程度の傷治せるだろう!!」

「わかってるっ!!」


 すかさずヒールを唱えるクロード。

 だが――――パキャァンッ!!!!

 ここで逆神ぎゃくしんの鏡が作動し、ヒールを跳ね返してしまった。


「くっ!??」


 唖然とする三人。

 やはりかと顔を歪めるクロード。

 後ろから、さも愉快そうな笑い声が聞こえてきた。


「あ~~~~~~~~っはっはっはっはっはははははははははっ!! それそれその鏡、それが邪魔なんだよねぇ~~~~。だからさジュロウ様……あいや難陀くそヘビ? どっちだっけ?? まあいいや。始末しとけって言われてたんだよね~~~~~~。ホントはもっと弄って遊びたかったけどねぇ~~~~。バカなあんたらが来ちゃうからさ寿命縮めちゃったねぇその女。くすくすくす。きゃはははははははははは、ぎゃ~~~~ははははははははははっ!!!!」


 腹を抱えてけたたましく笑う。

 その真の姿は、狐の耳と尻尾を生やした生意気そうな小娘だった。

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