第312話 彼女たち

「……油取り……? なんだそのふざけた名前は?」

「はぁん、知らないのかい? やれやれまったく……私も落ちぶれたもんだねぇ~~。そ、れ、と、も、今の若い連中が無知になっちゃったのかねぇ~~」


 睨むクロードに、おどける油取り。

 ヨウツベはその名に心当たりがあり、スマホを取り出す。

 途切れていた回線がいつの間にか回復している。


「油取り――――今昔物語集にある妖怪。子供をさらい、血や油を搾り取る……」


 調べ、ゾッとした。

 油取りはますます笑みを深くして、


「そうそう、それそれ。なんだやっぱり有名なんじゃん。くすくすくすくす」


 れろ~~~~り。

 笑って、また美味しそうに串を舐めた。


「……子供たちをさ~~おびき寄せて……蛇で動けなくしてさ。この串でプスプスとね。で、火で炙るのさ……するとね、じゅうじゅと焼けながらね、油が落ちてくるのよ~~~~くすくすくすくす……」

「子供……おびきよせる……? ま、まさか……」


 油取りはくすくす笑いながら、察しのいいヨウツベを美味しそうに見た。


「そうそう……私はぁ~~ジュロウ様の下僕しもべ。あの人からぁ~~大きな妖力を貰う代わりに~~子供たちを捧げてたのよぉ~~~~くすくすくすくす」

「な……なんてことを……」

「? どういうことだ?? まさかエロゲ戦士、貴様が人さらいの犯人だったと言うことか!??」


 見当違いなクロードに、ずっこけてしまうヨウツベ。

 油取りは心底おかしそうに声を殺して笑っている。


「ち……違うよクロード、ぬか娘じゃない。彼女は乗っ取られているだけだ。この悪魔はそうやって人を操り、ここに引きずり込んでるってことだよ!?」

「なんだと!? ならこいつはトカゲの仲間ってことか!?」

「仲間と言うか……下僕っていってたよね。で、でも……ジュロウだって?? 難陀なんだじゃないのか!??」


 そう問われた油取りは一変、不機嫌そうに口を曲げた。


難陀なんだ? ああ……ジュロウ様に取り憑いている龍のことねぇ~~? 冗談じゃないわよ。私が好きなのはジュロウ様。あの人の願いが私の願い……くすくすくす……」

「その言い方だと……生贄を欲していたのはジュロウの方に聞こえるね」


 怯えながらも気丈に聞き返すヨウツベ。

 この悪魔は真相を知っている。そんな気がした。

 油取りはその問いに簡単に答えてくれた。


「ああそうだよ。生贄はジュロウ様の願いさ。私はね1000年も前、突然この地に現れたジュロウ様に惹かれちまってさ。だってあの人の妖力って凄いのよぉ~~一度味わったらもう忘れられないくらい。くすくすくす、うぅ~~~~ん」

「妖力……? 魔力のことか……」

「ジュロウ様は私に言ってくれたわぁ『妖力をあげる代わりに人を連れてきてくれ』って。どうしてって聞いたら『龍を消すのに必要だ』って」

「意味がわからんぞっ!! もったいぶらずに簡潔に話せ!!」

「い、いや、まってクロード」


 苛立つクロード。

 なだめるヨウツベ。

 せっかく情報を垂れ流してくれているのだ、態度やテンポに腹が立ってもそのくらい我慢したほうが絶対いい

 油取りは「こわいこわい」と小馬鹿にするように笑う。


「残念ねぇ。そうしたいんだけど……いまとなっては私にだってよくわからないのよねぇ~~~~くすくす」

「はぁ!??」

「途中からさぁ~~。ジュロウ様おかしくなっちゃってさ。……たぶんあの龍と同化しちゃってるんだと思うんだけどねぇ~~~~? 言ってることが支離滅裂になっちゃって……だた、最初に言っていたのはぁ世界をひっくり返すのに『鬼の力が必要だ』ってことくらいね。そのためにぃ~~私はぁせっせせっせと子供たちをおびき寄せて、選別してぇ~~~~食べてきたのよ、ずっとさ、ひひひひひひ」

「選別……?」

「ジュロウ様のお眼鏡に叶わなかった子供はねぇ『必要ない』ってね。帰してやってくれとか言われたけど……ねぇ? もったいない」

「……つまり……お前がおびき寄せた子供たちのほとんどは、お前に殺されてるってことか……?」


 殺気を帯びるクロード。

 ヨウツベはクロードの前からどいて、後ろにさがった。

 彼の目もまた怒っていた。


「別に悪いことじゃないでしょぅ? 私は『妖怪油取り』子供の生き血と油が大好きな〝上級悪魔だよ〟きひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!!!」





『……良いだろう。ならば全てを消してやる。封印されていたとて、貴様らごときが我をどうこう出来ると思うな……』


 白の世界でジュロウが睨みつけてくる。

 しかしその声はジュロウではなく難陀なんだの声。

 知的で優しい目は、野蛮に苛立っていた。


『君たち……逃げた方がいい……コレには絶対に勝てない』


 一瞬だけジュロウの声がした。

 しかしすぐにまた消えて禍々しいオーラがその身を包んだ。


「逃げる? どこに逃げ場があるというんじゃ?」


 白い世界には扉もなければ境界線もない。


「あるとしても俺は引かん。……真子と約束したからな」


 自分でも思う。

 少し前までなら腰を抜かして脱げだしていただろう相手。

 しかしいまは命など本気で惜しくない。

 娘を護るためならば、なにも怖くない。


「来るぞ!! 二人とも気をつけろ!!」

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