第310話 最後の返答

 ――――難陀なんだ!??


 空間が暗転した。

 石壁が消滅し、境界線が消滅する。

 アルテマたちは地平線が無い、白い空間に放り出された。


「なっ!?? ……こ、これは…………!??」

「なんじゃ!? どうなっておるアルテマ!?」


 聞かれてもわかるものか!!

 そう思ったが、これがヤツの攻撃であることだけはわかった。


 三人は周囲を見渡すが、難陀の姿はない。

 ただただ無限の白い世界が広がるのみ。

 上下の感覚はある。

 地面には立っている。

 しかし目には見えない、ただの白。

 そんな不思議な空間にアルテマたち三人ともう一人、


『……愚かだな。あと一歩で我が下僕となれたものを……』


 ギギギ……。

 関節の骨を不気味に鳴らして台座から身を起こす。

 それは骸骨となった鴈治郎――――いや、聖王国王子ジュロウ。

 腹に刺さった聖剣を抜き、立ち上がった。


「な……聖剣を……!?」


 驚くアルテマ。

 しかしそれは実体ではなく、ジュロウの屍から浮き出た霊体。

 精神生命体としての姿。

 本物のジュロウと聖剣は、いまも祭壇に釘付けられていた。


 霊体となったジュロウは眩しく輝くと肉を付け、生前の姿に戻った。

 それはとても美しい青年の姿だった。

 クロードと同じエルフ。

 しかし落ち着き払った表情と優雅なたたずまいはヤツとは違う圧倒的な気品を感じさせた。


『……やあ、はじめまして。キミがアルテマさん……だね?』


 霊体のジュロウはアルテマに目を合わせ、微笑んだ。


「……ああ。……お前は……聖王国王子ジュロウなのか?」

『…………そう……だね。そう名乗ったほうがわかりやすいかな?』

「どういうことだ?」


 ジュロウは剣を抜いたままダラリと立っている。


『時間が……経ちすぎた……ということだよ』

「……?」

『かつて――――』


 ジュロウはそうつぶやくと、ゆっくり、ゆっくりとアルテマに歩み寄ってきた。

 異様な気配に元一はアルテマを庇うと一緒に後ろにさがった。


『僕はナーガと戦った……そして封印し、とどめを求めた。……しかし届かず亜空間へと飛ばされ…………ずっと眠っていた』

「待て、下がるんじゃ!! それ以上来るでない!!」


 元一が危機を察してライフルを向けた。

 しかしすぐに役不足だと悟ると、堕天の弓に持ち替える。


『アルテマどうした、なにがあったっ!??』


 携帯からカイギネスの声が聞こえるが状況を説明している余裕はない。

 アルテマは腕に鳥肌を浮かべながらその景色をカメラに映した。


『まさか……ジュロウ王子?』

『うるさいぞ』


 電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールから聞こえる声に反応し、ジュロウの目つきが変わった。

 と、世界が黒く変わり通信も途絶えた。


「皇帝!? カイギネス皇帝!?」


 突如切られた通信に焦るアルテマ。

 世界はすぐに白にかわるとジュロウの目つきも戻っていた。


『やあ……ごめんね。いまのは僕じゃない。ナーガの仕業さ』

「なんじゃと?」

『……この世界で僕はずっと待っていたんだ。僕と、この蛇を、退治してくれる存在を。だけども何年も何十年も何百年も現れてくれなかった……』


「始末してくれる存在……それはサイラス皇帝のことか?」


『そうだね。いや……途中からは違ったかな。なぜなら〝僕たち〟を殺すことができるのは聖剣ボルテウスと魔剣ジークカイザー……――――』


 いいかけてジュロウのまた目つきが変わる。

 禍々しい爬虫類を思わせる悪魔的な目つき。

 ナーガの瞳だった。


『言わせぬぞジュロウよ……』


 そしてまた世界が黒に変わる。


『鬼の娘……アルテマよ。貴様に問おう。我を開放する意志はあるか? 契約したはずだ。……いまならまだ貴様ぐらいなら助けてやってもよいぞ?』

「貴様……難陀なんだだな。その言い草……お前、私の腹づもりを知っているな……?」

『我を見くびるな。貴様の行動も思惑も……すべて我の手の内よ。……その上で聞いてやっている』


 難陀なんだは目に凄みを増すと、脅すように聞いてきた。


『我に屈するのか? ここで死ぬか?』


 元一が立ちふさがる。

 アルテマはその背を透かして、難陀なんだを睨みつけた。


「私は暗黒騎士アルテマ。死よりも誇りをとろう。すべては皇帝の御心のままに」





「カイギネス様!?」


 突然切られた通信にジルは慌てる。

 そんな彼女に携帯を渡してカイギネスは立ち上がった。


「ジュロウ王子が存在しておられたか。……ならば俺たちは彼を信じ、待ち構えるほかないだろう」


 真子に手を添え、峡谷から離れる。


「カイギネス様……これからなにが起こるのでしょう」


 真子が怯える。


「大丈夫だ。お前はきっと帰れる。帰れずとも父には会えるだろう。アルテマを信じよう」





「……痛てててて………お~~~~い……みんな……無事かい」


 頭を押さえて立ち上がるヨウツベ。

 周囲は真っ暗で何も見えない。

 シュルシュルと何かを擦る音が聞こえるが……一体なんだろう?


 ハンディカメラのライトを照らした。

 するとそこは石造りの部屋で、まわりは無数の毒蛇がうごめいいていた。

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