第309話 1000年戦争

 ――――ドゴォウッ――――!!!!


 黒炎竜刃アモンの火球が偽島の頭をかすめて石壁を焼き焦がした。

 元一の引き金はギリギリのところで止められて。

 ボルテウスを引き抜こうとする偽島の腕も、ギリギリのところで止まっていた。


めて、お父さんっ!!』


 その声が聞こえたから。


 電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールの向こう側では真剣な顔をした真子がこちらを覗いていた。


「真子……? どうして……」


 異世界に落とされてから、一度も自分を父と呼んでくれなかった娘。

 奇跡を見るような目でアルテマの懐に収められた携帯を見る。

 しかし、その期待は真子の謝罪でしぼむことになる。


『ごめんなさい!! でも、こうしないと止まってくれないと思ったから……』


 画面の向こうでは緊迫した表情の騎士二人と、真子の機転を見守っているカイギネスの姿があった。


『……あぶないところだったようだなアルテマ。そしてニセジマよ。どうか落ち着いて私の話を聞いてくれないか?』

「カイギネス皇帝っ!!」


 アルテマはその場にさっとひざまずき。

 偽島はカイギネスの放つ王者の貫禄に、手に込めた力を緩めた。





本家開門揖盗ナーガオリジナル……そ……それが奈落の峡谷の正体だったと言うのですか……?」


 話された皇帝サイラスの手記。

 その内容にアルテマたち三人は愕然と携帯を見つめた。

 帝国の切り札であり、頼みの綱でもある開門揖盗デモン・ザ・ホールがその欠片から紡がれた劣化版だったという事実もアルテマを傷つけた。


「そんな……では私は……ずっと難陀なんだの手の平で踊らされていたと……そういうことなのですか……」


 怒りと情けなさで声が震える。

 そんな弟子むすめをジルがたしなめた。


『黙りなさいアルテマ。起源オリジンはどうあれ開門揖盗デモン・ザ・ホールは我が国の至宝。その価値と功績は計り知れないものです』


 皇家の秘術だということを失念していたアルテマは、慌てて身を正し、頭を下げた。


『いや……かまわぬ。俺も知らなかった事実だ。しかもこれは帝国と聖王国の紛争――その起源に関わることでもある』

「聖王国との……確執に……?」






 皇帝サイラスの手記。

 その続きにはこう書かれていた。


 ナーガと共に亜空間に消えたジュロウ王子。

 その片腕を手に、事の顛末を説明しに聖王国へと出向く。

 しかし王子殺害の疑いをかけられた私は、敵兵1万の命と引き換えに脱出した。

 帝国と聖王国との戦争はその時より40年。

 いまなお続いている。





「……ばかな……で、では我々は……。……帝国と聖王国は……そのときの誤解でずっと……1000年も争ってきたというのですか……?」


 唖然と、放心するアルテマ。

 カイギネスも難しい顔をしているが、否定することはなかった。

 かわりに元一が口を開いた。


「……戦争の始まりなぞ、どこも同じようなものじゃよ。たいていは下らない権力者同士の強情が原因じゃ……。高い頭を下げられない代償に、民衆の命が犠牲になるんじゃ……」

「しかしこれは明らかに聖王国が悪いだろう!??」


 元一の言い分に納得の行かないアルテマは、珍しく父に食ってかかった。

 そこにカイギネスの制止が入る。


『まて、アルテマ。父にそんな言葉を使うな。……当時どのようなすれ違いがあったのか、この手記だけではわかりようもないが……しかしいかなる理由があろうとも1万人の兵を殺した時点で穏便には終わらぬよ。聖王国としても自分たちの間違いなど、この時点で認めるわけにはいかなくなった……』

『そして1000年もの愚かな争いに発展してゆくのです……。その間に無数の怒りと恨みと復讐が生まれました……。ここまでくればもう、どちらに原因があったなどと……そんな次元の問題ではありません。これは我々人類全員の愚かさなのです』


 皇帝に続いてジルが語った。

 アルテマは黙り込み、元一は静かにうなずいた。


「それで? その昔話と難陀なんだの封印を解かないことに何の関係があると言うんだ!?」


 気が立っている偽島はカイギネス相手でも態度を変えない。

 殺気立つアルテマを『よい』の一言でなだめ、カイギネスは答えた。


『解かないとは言っていない。その解き方では駄目だと言っているのだ』

「なんだと?」

『サイラスは生涯をかけてナーガを呼び戻す方法……ジュロウの躯を取り戻す方法を探した。誤解の全てを解き、争いを止めさせる一縷いちるの希望を捨てられなかったからだ。しかし全ての解決策を見つけたとき、すでにサイラスにはそれを実行できる体力は残っていなかった……』


「老いぼれてしまったか? しかし後継者ならばいただろう」


『後継に次ぐ頃にはすでに戦争は取り返しのつかないほどに泥沼化し、サイラスの願いは書庫の飾りと追いやられてしまったようだな……』

「おいたわしや……サイラス殿下……」


 会ったこともない先代皇帝。

 その無念を想像し黙祷するアルテマ。


『この書が1000年誰の目にも触れず眠らされていたのかどうかはわからん。……しかしこの俺カイギネスはこれを知り、なお目を背けることなどできない。俺はナーガと戦う選択を取ろう。これで戦争が終わらずとも、ケジメはつけねばなるまい』

「……その方法とは」

『うむ。その方法とは――――』


 カイギネスが口を開こうとしたとき――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――!!


「「「!??」」」


 激しい地鳴りと地響きが起こった。

 そして全員の頭の中に声が響いてきた。


『――――その先は言わさん。我との契約を反故にした罪。その生命いのちで償わせてやろう』

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