第308話 天秤
「ジル様……」
じっと黙っていた真子が口を開いた。
「ジル様は私を異世界へ返せるかもしれないとおっしゃいました。それは……?」
「はい。これはカイギネス様への答えにもなるのですが……」
「ほう? 申してみよ」
ジルはカイギネスの腰にぶら下げられている剣を見る。
1000年ものあいだ、時には飾りとして時には実用武器として存在し続けていた魔剣は、しかし傷ひとつなく輝きを失っていない。
「
狭い通路は、大きく下った後に緩やかに上っていく。
これまでいくつかの古臭い罠が仕掛けられていたが、その全てを
「
落下床、吊り天井、矢、巨大な刃。
どれもこれも子供騙しな仕掛け。苛立つアルテマ。
「いや……その魔法がなければ危なかったぞ?」
偽島が苦笑う。
元一もうなずく。
「あの天使を退けられる者に対しての仕掛けとしては……安っぽいと感じている」
「そうじゃの……。しかしこれを作ったのが人間ならばあり得る話じゃ。盗人は正しい道など使わんからな。気を利かせたのかもしれん」
「ってことは人は人でも
「どっちでもいい。どうやら目的の場所についたようだ」
アルテマの視線。
その先には扉のない入り口があって、奥は小さな部屋になっていた。
中には石の祭壇があり、その上に枯れた人間が横たわっていた。
「げ……源次郎……か?」
偽島が喉を鳴らす。
アルテマと元一は罠を警戒しながらゆっくりと近寄った。
人は――――おそらく源次郎は、
左腕がない。
しかし装備している鎧と、何より腹に刺さった聖剣は見覚えがあった。
「……聖王国の紋章だ」
聖剣は鎧を貫き、祭壇までも突き刺さっている。
これが
これを抜けば源次郎の呪縛が解除され、やつは自由になってしまう。
アルテマは剣に手をかけることなく周囲を見渡した。
「ぬか娘!! いるのか!? いたら返事しろぬか娘!!」
しかし声は無情に反響するだけ。
返事が返ってくる気配はなかった。
「……こっちじゃ……なかったのか?」
そうだとすると、いよいよ
やつは何のためにぬか娘を誘ったのだ?
私たちをおびき出すためじゃなかったのか……?
「アルテマ殿。この剣、抜かないのか?」
厳しい顔で偽島が聞いてくる。
「……ああ、言ったはずだ。……そのつもりはない」
「しかし、抜かねば異世界との関係は絶たれ……真子は二度と戻れなくなってしまう……」
偽島の手が聖剣の柄に触った。
「おい」
元一がライフルを向ける。
「なんですか
「言っとらん。冷静になれと言っておる」
「みなで決めたことだろう? 少なくともカイギネス皇帝の返事を待つと」
「その判断が『抜くな』だったらどうするつもりですか、アルテマ殿?」
「……従う。もちろん」
「それでは話にならない。俺は帝国兵ではないし、今こうしてお前たちといるのは利害が一致しているだけだからな。真子を見捨てるというのならば……おれはお前たちも……全世界も敵に回せるぞ」
ぐぐぐ……。
聖剣の柄を握りしめ、力をこめる。
この手のものは選ばれしものしか抜けないのが定石だが、
――――パキッ……ジャリッ……。
土台が小さく欠けた。
抜けそうな感じである。
「……誰もお前の娘を見捨てるなどと言っておらん!! 別の手を考えると言っておるんじゃっ!!」
「考えてなどないだろうがっ!!」
「考えに来たんじゃっ!!
「通じるものか!! 怒りを買い、へそを曲げて眠られでもしたらどうする!? 1000……いやもっとはるか昔から生きているバケモノだぞ!? 再び活動するのはいつのことか!?」
奈落の峡谷は一度閉じれば100年は開かない。
たしか帝国の賢者がそういっていた。
それが
――――つまり無い、ということだ。
そのとき。
――――から~~んころ~~ん、から~~んころ~~ん。
「!?」
さっきまで無反応だった電波が一本だけ立っていた。
ピラミッドの中心に位置するこの部屋だけは、かすかに電波を拾っていた。
「師匠、判断は!?」
『!? ――――抜いてはなりません』
アルテマの声色で緊迫を悟ったジル。
よけいな挨拶と確認は抜きに、答えだけを簡潔に言った。
「俺は抜くぞっ!! 世界などどうなっても知ったことか!! 私は真子が、娘だけが全てなんだっ!!!!」
――――ジャリッ!! ――――チャッ!! ――――ドッ!!!!
聖剣が抜かれる音。
ライフルが向けられる音。
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