第306話 真子の想い

「だ……大丈夫じゃろうかあいつら……」


 さすがに心配か、元一が後ろを振り向きつつ歩を進める。

 アルテマ、元一、偽島。残ったのはこの三人。


「……まぁ、クロードがいれば大丈夫だろう。認めたくないがあいつのヒールは一級品だ。バカだけど能力は地味に高い。バカだけど」

「さっきは天使にボコボコにされとったが?」

「あれは天使が強かった。だがそいつらの魔素を吸収しているからいまはマシだ、きっと。バカだけど」

「……じゃと、いいがの」

「だが、あの変態(アニオタ)がいなければあの変態娘(ぬか娘)の匂いは辿れないのだろう? どうするアルテマ殿?」

「……いや、匂いくらい婬眼フェアリーズが探知できる。それにどうせ行き先は決まっている……」

「そうか、そうだな」


 うなずくと三人は用心して内部を進んでいった。





「来たか、ジルよ」

「はいお待たせいたしましたカイギネス皇帝」


 奈落の峡谷。

 そのほとりでカイギネスは一人、馬を降りて腰を下ろしていた。

 駆け寄り、膝を地につけるジルとアベール、カーマイン。

 カーマインは半ば諦めた表情で、それでも一応苦言を申し立てる。


「で、殿下……また……まさか御一人で……?」

「しょうがないだろう? 前線の敵を欺くには集団では動けなかった」


 カイギネスは一兵卒が身につける、粗末な鎧を身にまとっていた。

 それでも威厳は隠しきれていなかったが、遠目に見れば手練れの老兵に見える。

 腰に下げた魔剣ジークカイザーも目立たぬよう、汚れた油布でぐるぐる巻きにされていた。

 その価値を知る宰相や高文官どもが見たら、きっと卒倒するだろうなとアベールは苦笑いした。


「真子もきたか。ごくろうだったな尻は痛くないか?」

「あ、はい……あの、だ、大丈夫です」


 全然大丈夫じゃなさそうにお股を押さえながら頭を下げている真子。

 慣れない早馬。さすがに大ダメージを受けている。


「はっはっは、無理をするな。こっちに来て、ここに座れ」


 カイギネスは自分が座っている岩床の隣を叩くと真子を誘った。

 真子は戸惑いながらもぎこちなく立ち上がると言われた通りに腰掛けた。

 断るのは逆に失礼だとわかっているのだろう。

 10歳にも満たない子供だろうに利発なことだと目を細めるカイギネス。


「どうだ? 帝国には慣れたか?」

「……はい。みなさん良くして下さって感謝しております」

「記憶は戻ったか?」

「いえ……それがなにも……」

「父親――――ニセジマとは会話をしたのだろう?」

「はい。……ですが……なにも思い出せないのです。」

「そうか……不憫なことだな」

「いえ……私は辛くはありません」

「そうか。しかしニセジマは辛いだろうよ」

「そうなのでしょうか……?」

「子に忘れられて悲しまない親などいない」


 真子は申し訳無さそうにうつむいた。

 そんな真子の頭に手をおいて、


「……すまん。責めているわけではない。しかし鬼の力、それは強い心の未練が形になったものだと聞く。お前の未練は……なんだったのだろうな?」

「カイギネス様、その話は……?」


 ジルが尋ねた。


「アルテマに聞いた。難陀なんだがそう言っていたとな。ヤツは心の隙をついて自由を奪う。しかしその隙の裏側には必ず未練というものがあって、それが強い者ほど鬼になりやすい……と」

「先日、父からこれを送られました」


 真子は懐から三枚のカードを取り出した。

 それはUSJクリスマスイベントの特別チケットだった。


「……クリスマスには必ず三人で観に行こうって。仕事は全部断るって……。たとえ知事から電話がかかってこようとも拒否するって……。なんのことだかわかりませんけど……必死に言われました。……だからコレを持って戻ってきてくれ。必ず門はこじ開けるからと……」

「そうか……それならば大事に持っているがいい」

「はい」


 真子もこのチケットが何なのかわからなかった。

 しかし眺めていると、心になにか暖かなものと小さな怒り、そして大きな穴を感じて切なくなった。

 うまく言えないが……なにかが違う気がして……。


 なにが違うのか。なにに対して違うのかはまったくわからなかったが。





「ジュロウがナーガとともに消えた後。オリビィの町は半分を失い、その代わりにこの峡谷ができたとされています」


 ジルは眼下の暗闇から吹き上がる、不気味な風に身を晒しながら語りはじめた。

 奈落の峡谷は光すらも飲み込むのか、その闇は底がまったく見えない。


「三代皇帝アシュナ・ド・サイラスの手記か……」

「はい。サイラス様はナーガがこの地で暴れはじめたことを知ると、すぐさま討伐に駆けつけました」

「……その頃、ここは聖王国領だったのだろう?」

「当時の帝国と聖王国の関係は良好で、ナーガを共通の災害と認識していたようです」

「そうか……」

「え!? 帝国と聖王国は……そうだったのですか!?」


 アベールが驚いた顔で口を開けている。

 カーマインもアベールほどではないが、驚いている。


「はい。民心を乱さないように両国とも過去のことは伏せていますが1000年も前、帝国と聖王国は光と闇、聖と魔、表と裏――――兄弟のような間柄だったのです。……それがこの事件によって忌み嫌い、敵対するようになりました」

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