第305話 残された三人

 岩が消え、後に現れたのは四方を石で整えられた通路だった。

 深々しんしんと口を開けた暗闇からは、わずかにカビ臭い匂いが漂ってくる。

 アルテマたちはその入り口に立ち様子をうかがっている。


「……この奥に源次郎がいるはずだ」


 人一人分くらいの狭い入口。

 アルテマは用心して婬眼フェアリーズを唱えてみる。


『ピラミッド。王の間へと続く通路。罠が一杯だぜぃケケケ☆』

「……ピラミッド?」

「どうしたんですかアルテマさん?」


 つぶやきに反応するヨウツベ。


「いや……婬眼フェアリーズのやつが、ここをピラミッドだと表現してな」


 それを聞いたヨウツベは、はぁはぁと息を荒げで興奮しはじめた。


「そ、そ、そ、それは本当ですかアルテマさん!???」

「ああ……。どうした、そんなに大げさなことなのか?」

「お、お、お、大げさなんてもんじゃありませんよ!! 日本にピラミッドと呼ばれるものはいくつかありますが、ここもその一つなのだとしたら世紀の大発見ですよ!! そ、そ、それも異世界文明との関わりがあるなんてわかったら日本の――――いや世界の歴史が根底からひっくり返ってしまいますっ!!」


「騒ぐなバカめ。いまはそんなことを気にしている場合ではないだろう」


 小躍りするヨウツベを押しのけた偽島。

 懐からペンライトを取り出し、暗闇の中を照らした。

 入り口こそは狭かったが、中は意外と広く大人が三人ほど並べる幅があった。


「……そうじゃな。そもそも異世界が出てきた時点で世界の常識などとうにひっくり返っておるわ。……いまさら騒ぐことじゃない」

「まったくだ」


 西洋史には興味がない元一と六段。

 ヨウツベは文句を言いたそうだったが、しぶしぶ黙り込んだ。


「偽島、先に行くと危険だ。罠があるぞ」


 アルテマは婬眼フェアリーズを罠検知状態にして先頭に立つ。

 偽島がライトを渡してくれようとしたが、よく見ると通路の奥のほうがぼんやり緑色に光っている。


「なんじゃあれは?」


 元一が眉を寄せるが、アルテマはそれに見覚えがあった。

 まさか……と近寄ってみるとやはり、


「シイノトモシビタケ ……」


 それは30年前のあのとき、元一に送ろうとしていた幻のキノコだった。

 陽の光に反応してか、それとも他の何かに作用したか、アルテマたちを案内するように柔らかな光を奥へと繋げている。


「み、み、み、緑に光って綺麗でござるな」

「ああ……神秘的だ……。これは異世界のキノコなのかな」


 アニオタとヨウツベが感動して観察している。

 そう言われてみれば、帝国の洞窟にも同じ色に光るキノコがあった気がする。

 妙なところで妙な繋がりを感じ、心がザワつくアルテマ。


「お前らそんなことよりも先に進むぞ、ぬか娘を追わねばならんだろう」

「ああ、そうだな……」


 六段にうながされ先を進むアルテマたち。

 通路は傾斜になっていて地下へ地下へとおりているようだ。


「……あの……その……ど、ど、洞窟っていうと、そのモ、モ、モ、モンスターとかでるんですかね……!???」


 クロードの背中にしがみつきながら震えている誠司。

 いまさらだが、なんでこの男がついてきているのだろうと疑問に思う。


「怖かったら帰ってもいいんじゃぞ? どうせ足手まといにしかならん」

「い、い、いやゲンさん。私だって因縁があるんです。ア、アルテマさんに全てを押し付けて後ろに下がっているなんて……できません……」

「だったらそのへっぴり腰をなんとかしろ」


 誠司も地味なりに戦ってきたのだ。

 相手の正体に迫ろうというこの機を逃すなんてできないのだろう。


「……婬眼フェアリーズの反応だと敵はいないみたいだな。あれだけ強力な門番がいたんだ。アレを倒すような侵入者に雑魚をけしかけても意味はないと判断しているのだろうな」

「なぁ~~~~んだ、だったら僕が先頭を行くでござるよ!! なにせこの軍用スターライトスコープがあるでござるからな!! 暗闇でもスイスイでござる!!」


 新たに入手したヘッドセット型の暗視スコープを装着し先に走っていくアニオタ。


「いやだから、罠はあるって――――」


 ガコン。

 言わんこっちゃない。

 嬉しそうに先を行くアニオタの、足元の床石が沈んだかと思うと、

 ガパン。

 大穴が開いて、


「あ~~~~れ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~で、ござるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!??」


 お約束通りに落ちていった。


「「「「…………………………」」」」


 呆れてしばらく声も出ない一同。


「……おい、これどうするんだ? 見捨てていくか?」

「いや……さすがに……どうだ婬眼フェアリーズ?」

『未完の地下室。底には毒蛇がうじゃうじゃいるぞ☆』

「おいヨウツベ。お前の相棒は毒くらいじゃ死なんじゃろう?」

「い、い、い、いやいやゲンさん……さすがに苦しいと思いますよ」

「だったらしょうがないな……おいクロード」

「……なんだアルテマ?」

「その……穴の奥、よく見てくれないか?」

「奥? 奥になにがあるというんだ?」


 言われた通りアニオタが落ちていった穴の奥を覗き込むクロード。


「……なにも見えんぞ?」

「そうだろうな」


 ゲシ。

 アルテマは何食わぬ顔をしてクロードのお尻を蹴っ飛ばした。


「え、あ?」


 半端な体制だったクロードはバランスを崩し、


「ず……ずおぉぉぉぉっ!??」


 穴に落ちそうになるが、そのとき咄嗟に、

 ガシッ!!


「え!? あ、ちょっと!??」


 ヨウツベの足を掴み、そのヨウツベが、

 バシッ!!


「お、おい!! ちょっとまてっ!??」


 六段の足を掴み、その六段が、

 むんずっ!!


「は!? ひえっ!???」


 誠司の裾を掴んだ。

 四人はそのまま数珠繋ぎになってスローモーションでアルテマを見る。

 アルテマも気まずそうに見返したが、こうなってしまってはもう……。


「みんなで協力してピンチを乗り越えてくれ。私たちは先に行っている」


 無事を祈る。

 最敬礼で落ちていく四人を見送った。

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