第295話 木津谷の秘密
「あとな、黒い侍って言うのも誰やねん。て思うわけやんか?……ヒック」
「そうそう、いきなり出てきて源次郎と知り合いって感じでさ、で、龍を倒して」
「だから倒してない、一撃を与えて退けただけだ」
勘違いし続けるぬか娘に
どうも話がややこしくていけない。
頭をワシャワシャ掻きながら歯ぎしりをするぬか娘。
政志も申し訳無さそうに苦笑いをしている。
「……すみません。僕の脚本がおかしかったですよね。でもなるべく聞いた話に忠実に表現したかったんです」
「いや、それは立派な心がけだと思うよ? 伝承物はまず正確さが命だからね。変にクリエイターの主観が入ったら事実が歪曲してしまうからね」
大丈夫。むしろオッケーと親指を立ててやるヨウツベ。
「せや、政志くんの本はほんまにきちんと誠実に口伝えを再現しとった。わけわからんところも、突拍子のない展開もそのままな……ヒック」
「てことは黒い侍は本当に突然現れたってことかいな?」
解せん、と腕を組む六段。
「エピソードがないってことやと思うで? 物語はこの村の始祖となる先祖の視線で書かれたもんや。そうなった経緯なんかはわからんってことちゃうか?」
「う~~~~ん……源次郎も黒い侍も、偶然現れてあっという間にいなくなってるし……誰だかわからなかったってことかな……なんか無茶苦茶モヤモヤするんですけど~~~~!? そもそも話が3パターンあってワケわかんないよ!??」
イライラしているぬか娘。
他のみんなも難しい顔をして考え込んでいる。
「……ワシはこの話が真実に近い気がするな。と言うのもな……」
元一が意見を言った。
エツ子の家で見た位牌の話をする。
「……その位牌には季里の旦那、つまりハレンチ者である源次郎を斬った侍の名が記されていなければならなかったんやな?」
「そうだ、しかし書かれていたのは源次郎の名じゃった」
「え、なにそれ、やだコワイ」
イラつき一変、なんだかミステリーな展開に鳥肌を浮かべるぬか娘。
アルテマもこの事実には目を丸くしていた。
「え、ちょっと待ってくれ元一。それだとけっきょく
「わからん。なにせ1000年も前の話じゃろう。位牌も、さすがに後から作られたもんじゃろうし、どこかで話がねじ曲がっとるのかもしれん……」
「僕もそう思います。それほど昔の出来事が正しく残されていることの方が不自然です。きっとそれを伝えようとする人の数だけ、少しずつ違った物語になっているのだと思いますよ」
ヨウツベの意見に納得してうなずく一同。
「せやな。だからそのつもりで聞いてほしいんやけどもや」
飲兵衛はそう前置きをして皆を見回した。
「実はな……村ができる前、この辺りには大きな谷があったそうなんや」
政志の話では、この土地はかつて木津谷と呼ばれていたらしい。
なので演劇のタイトルも『木津谷の龍』としたのだが、長老の話だとどうやら本当に木津谷という谷があったという。
「な……なんだと? それって……」
龍を
こんどはアルテマが鳥肌を浮かべた。
「……あった、というのは? いまはそんなもの影も形もないが……」
モジョが問う。
それには占いさんが答えた。
「消えたんじゃよ。……龍とともにな」
「……………………」
静まり返るみんな。
龍と一緒に黄泉の国へと吸い込まれていった。
そういうことなのだろうか?
「いや……しかし谷が消えて、じゃあ土地はどうなった――――あ」
そう言うことか。気が付くモジョ。
アルテマも気付いていた。
「……消えてしまった谷というのは……もしかして『奈落の峡谷』のことなのか?」
「……え? それってどういうこと?」
「つまり……」
混乱するぬか娘にモジョは丁寧に説明をしてあげる。
「こっちの世界の『木津谷』が異世界へと転移されて『奈落の峡谷』になったんじゃないかってことだよ」
「え? え? え? ……そんな誰がどうやって??」
「龍―――おそらく
「じゃじゃじゃ、じゃああの黒いお侍さんも道連れに!?」
「……どうだろうな、劇にそんな描写はなかったが、どうなんだ政志?」
「…………それは僕もわかりません。お年寄りの方からは『いつの間にかいなくなっていた』としか聞いていません」
「ワシらもそうや。な、占いさん……ヒック」
「ああ……自然に考えればそうじゃろうのう」
うなずく占いさんにぬか娘がさらに質問する。
「え……でも……そうなるとキリさんは? 一緒に連れて行かれなかったの?」
当然の疑問。
龍は源次郎と娘を巻き添えに黄泉の国に落ちたのだ。
それがどうして娘が残り、黒い侍が消えているのか?
しかしその疑問に占いさんは答えられない。
「あと村は?? 谷が消えて村になったのならそれはどこから出てきたの!??」
「それは――――」
その質問に答えたのはアルテマだった。
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