第294話 こんがらがってきた

「ど、どうだったかな? アルテマさん」


 舞台の脇の暗がりで、劇を終えた政志が息を弾ませている。

 精一杯演じきって興奮しているようだ。

 アルテマたちは人目の付かないこの場所で政志の話を聞いていた。


「あ、ああ……素晴らしかったぞ。し、しかしなんなのだいまの話は!? 娘の名はキリと言っていたが、まさか……」


 問いかけられ政志は神妙な顔でうなずいた。


「うん……きっと僕のご先祖様なんだと思う……。村の歴史を聞いて回っていたら聞かされたんだ。鎮魂の祭りがまだあった頃には、儀式の中でこの話をつむいでいたって」

「そうだったのか。ワシが生まれた頃にはもう祭りはなくなっていたからな……知らないわけじゃ」

「しかしゲンさん。いくらそうだと言っても村の成り立ちに関する伝承だろ? それだけは語り継がれていてもおかしくはないと思うがな?」


 六段の疑問。

 たしかに若い連中が知らないのはわかるが、70も超えている元一や節子が聞いたこともないというのは不自然な気がする。

 その疑問に応えたのは元一でもなく節子でもなく占いさんだった。


「昔を~~忘れたかったんじゃろうの~~~ひっひっひ……」

「うわぁぁぁぁびっくりしたっ!!??」


 暗闇からいきなり出現した占いさん。

 妖怪にしか見えず、思わず飛び上がってしまうぬか娘。

 アルテマもこっそり産毛を逆立たせ、アニオタは失禁を隠そうともしない。


「ふ、二人ともどこに行っていたんですか!?」


 ともに現れた飲兵衛にヨウツベが尋ねる。

 赤ら顔の飲兵衛はスマンスマンとおどけつつ、


「いや、ちょっとワシらも勉強をな……ヒック」





「なるほど……だったら僕も誘ってくれればいいじゃないですか!! 一応記録係なんですから……」

「せやから謝っとるやろ。どうせ大した話なんて聞かれへんやろと、占いさんだけ誘って調べとったんや……ヒック」


 先に台本を読んでしまった飲兵衛は、それが難陀なんだに関係する物語だとすぐに気がついた。

 しかし最初にお寺で聞いた伝承と、怨霊から聞かされた真実。そのどちらとも食い違う内容が気になって、村の年寄を訪ねまわっていたのだ。


「そうだ、それが私も気になったんだ。源次郎とは村娘を追いかけ回すハレンチ者ではなかったのか!? 季里姫はそう言っていたぞ!?」


 あの悪魔が嘘をついていたとは思えない。

 そんなことをする意味がないし、難陀なんだの呪いがあったのは事実なのだ。

 しかし劇の内容では、源次郎は難陀なんだではなく、それを倒したお侍になっている。わけがわからないと苛立つアルテマ。


「いや、アルテマさん。龍を倒したのは黒い侍では? ……いつの間にかいなくなってましたけど。源次郎は龍とともに黄泉の国に消えたと……」

「そうそう、それで残された人たちがこの村を作ったんだよね? あれ? 違った?」


 訂正するヨウツベにぬか娘。

 言いながらも、やはり話の急展開っぷりに首をかしげている。


「……いや、村を作ったというか……いきなり現れてなかったか? あれは劇の演出上仕方がなかったのか?」


 眠たそうに、しかしブレステ7はしっかり抱きしめながらモジョ。

 聞かれた政志は、


「……それが……そのあたりは僕もよくわからなくて……。あそこの演出は聞いたままをそのまま再現したんです」


 曖昧な返事をした。


「……なんだよそれは」

「ああ、そのへんはワシらも聞いてきたで?」

「ほんとうか飲兵衛」

「ほんまや。あとな、この土地に関する驚きの事実もわかったんやで~~」

「「「「詳しく!!」」」」


 得意げに勿体つける飲兵衛に、全員の声が綺麗にハモった。





「村の長老。占いさんよりも長く生きとるお人にな、うてきたんや」

「長老って……」


 占いさんより年上だと100歳近いな……。

 となるとあそこの婆さんか?

 ヒソヒソとうなずき合う元一たち。

 若者たちはよくわからない。

 そもそもそのくらいのご老人は滅多に外を出歩かない上に、若者たちも普段は引きこもっている。接点どころかお互い存在すら認識しあっていない。

 

「その人によるとやな、やっぱり『村ができたのは龍が消えると同時』てなことにになっとるらしいんや」


 地べたに円陣を組んで話し込む一同。

 祭ばやしがピ~~ヒャラピ~~ヒャラ鳴って、香ばしい焼きもろこしの匂いもたまらない。

 飲兵衛の説明に、こくこくと政志はうなずいた。


「同時っておかしくないか?」

「口伝えや。実際はありえへんが、話ではそう伝わっとるっちゅうことや」

「で、それ以外は?」

「まぁ劇の内容とほとんど同じやったな。政志くんよ、よお調べたもんやな。けっこうボケたお人も多くてな、ワシらも話の整理に大変やったで……ヒック」

「いえ……僕もいろいろ聞いて回って……。でもその人には聞いていないです」


 褒められた政志は照れながら頬をかいた。

 アルテマもうなずいてやると嬉しそうにはにかんだ。


 それを般若の顔で睨みつけるぬか娘。

 さらに閻魔の顔で元一が、えびす顔で節子が微笑んだ。


 そんな異常な人間関係を肴に、飲兵衛は話しを続けた。

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