第290話 あのときの夕日

 栄誉ある聖騎士様の挑戦だ。暗黒騎士が受けないわけないよなぁ?

 そう含んだ笑いで挑発するクロード。

 つり上がった目で見返すアルテマは――――、


「ことわる」


 あっさりそう言って、スタスタ歩いて行ってしまった。


「まて~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いっ!!!!」


 その襟首をマジックハンドで捕まえるクロード。

 ちょっとハダケてしまう巫女服。


「やめろ子供っぽいぞ、やめろやめろ」

「この俺様が自分をカタに挑戦しているんだ。受けんか貴様っ!!」

「お前なんぞに願うことは何もない。したがって私にその挑戦を受ける理由もなにもない、以上だ」


 クロードはものすごく電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールを欲しがっている。

 聖王国と直接連絡をつけたくてウズウズしているのだ。

 懐かしい家族とも話したいだろうし、そこは気の毒に思うのだが、これ以上話をややこしくしたくないアルテマは『帝国の最重要国家機密である』と固く断り続けていた。


「そんなこと言うなって、頼むから。ちょっとだけ、ちょっとだけ貸してくれるだけでもいいんだ。とりあえず勝負方法だけでも聞いてみないか? な、な、な?」

「だから、そのロボットみたいな腕を離せって。幼女わいせつ罪で叫ぶぞこのやろう」

「勝負は簡単だ。この紐を引っ張って当たりが吊り上がれば貴様の勝ち、それ以外では俺様の勝ち!! それだけだ、簡単だろう!?」


 屋台には大きなガラスケースがあり、そこから無数の紐が垂れ下がっていた。

 ケースの中には同じく無数の木札が入っていてそれぞれ紐と繋がっている。

 紐の束は途中で見えないよう隠されていて、どれを引っ張ればどの札が上がるか判別できないようにされていた。

 札の中に一枚だけ『俺様』と赤字で書かれているものがあり、どうやらそれを引けば勝ちのようだ。


「ていうか、それ以外は私の負けとは随分と不公平な勝負じゃないか?」


 まるで成立していない。

 呆れるアルテマだが、一方で一つ悪知恵がはたらいた。


「……でも、アレも一緒に付けてくれると言うならやってやってもいいかな?」


 指さしたのは景品棚の最上段に飾ってある特等商品『ブレステ7』

 モジョが予約抽選にまた外れたと暴れ回っていた超品薄・超人気ゲームである。

 クロードは一瞬、動揺するがすぐに唇を噛み締め、


「い……いいだろう。『俺様一日自由券』と『ブレステ7』!! これで勝負してやる!! 恨みっこはなしだぞぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉおぉぉおぉっ!!!!」


 ――――婬眼フェアリーズ

『あい、右から三番目☆』


 ぐい。


「ヴァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 夕暮れの村に、自業自得の断末魔が響き渡った。





「……ふん、またつまらぬモノを成敗してしまったか」


 ブレステ7を背負いつつ、ホクホク顔のアルテマ。

 婬眼フェアリーズはとても優秀な探索魔法。

 なんでも知っている。


 人や動物の思念を読み取って知識を得ているのがそのカラクリだが、しかし迂闊に使いすぎると知りたくなかった情報や知るべきではなかった情報まで知ってしまうことになりかねない。

 過去の苦い経験から気軽に使うのは控えている。

 バカをいなすのには問題ないが、飲兵衛とか、知り合いの居場所を確認したりするとプライベートな秘密など全部知ってしまう恐れもある。


 それは人としてそれはやってはいけないと自分を制している。


 難陀なんだの思念は読めなかった。

 それはヤツの悪魔レベルが婬眼フェアリーズより上だからだ。

 自身のレベルを超えるものと誰も知らない知識は、さしもの婬眼フェアリーズでもどうしようもない。





「あ、いたいたアルテマちゃ~~~~んっ!!」


 しょうがないから一人でりんご飴を買い、石階段の上で景色を眺めていると、下からぬか娘の声が聞こえてきた。


「遅いぞお前たち、早くしないと始まってしまうぞ?」

「ごめんねぇ~~モジョが起きなくってさ。でもまだ時間あるでしょ?」


 むにゃむにゃモゴついているモジョを引きずって階段を上がってくる。

 その後ろからカメラを回しているヨウツベとピンク色の半被を着込んだアニオタがついてきていた。


 その姿を見て、アルテマは不意に昔のことを思い出す。

 ……そういえばあの時も……こうやって友達と祭りを楽しんだんだっけ……?


 もう顔も思い出せない昔の友人。

 30年という時間は、それだけ人も記憶も流してしまう。

 あの頃の幼馴染は今頃立派な大人になっているのだろう。

 どこに行ったか、何をしているのか。

 けっしてその話題を口にしない父と母は、過ぎた時間を惜しませないために気を使ってくれているのだろう。


「おや、アルテマさんりんご飴ですか? いいですね~~絵になりますね~~。ちょっとそのまま舐めてもらっていていいですか?」

「み、み、み、巫女様がりんご飴をペロペロと……はぁはぁ……なにやら背徳的なリビドーを感じるでござるよ!!」

「アニオタは万年リビドーの塊でしょ!? 私のアルテマちゃんだから!! 変な目で見ないでよね!! ヨウツベさんも!!」

「……ぐうぐう……おや、アルテマ……その背中に背負っている箱はなんだ? ……ま、まさか……っ!??」

「ああ、クロードバカから押収したブレステ7だ。後で一緒に遊ぼう」

「ふぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 拳を天に突き上げ、覚醒するモジョ。

 みんな私を囲ってワイワイ賑わってくれている。

 大丈夫、寂しくなんかない。

 私の故郷ここでの時間は、また素敵に動き始めている。

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