第288話 意味深やんけ

 ここが奈落の峡谷ですね。

 馬に乗り、近衛兵を引き連れてジルは峡谷の側に降り立った。

 吊り橋はまだ落ちたままで、不気味な暗闇が野放しに口を開けている。


「真子さん、大丈夫ですか?」

「……はい」


 近衛騎士カーマインの後ろには鬼となった異世界の客人『真子』が怖そうにしがみついていた。


 賢者から読み聞かされた『オリビィ伝説』なる伝承。

 その舞台となる場所はまさにここ、奈落の峡谷であるらしい。


 かつて1000年も前。

 帝国に一頭の魔竜が降り立った。

 魔竜は自分を『ナーガ』と名のり、人を喰らって帝都を火の海に変えた。

 時の皇帝アシュナ・ド・サイラスは魔剣ジークカイザーを手に、激戦の末ナーガを撃退。

 弱ったナーガは帝国を離れ、聖王国の端、オリビィという町に辿り着く。

 竜の体を捨て悪魔になったナーガは町の男に乗り移り、教会に転がり込んで治療を受けた。

 やがて傷が癒えたナーガは世話をしてくれたシスターに恋をしてしまう。

 結ばれようとしたナーガだったが人食いの本能を抑えられず、再び魔竜へと変わり町を破壊してしまった。

 一報を受けた聖王国の王子ジュロウは聖剣ボルテウスを用いナーガを討伐。

 しかし町と王子はナーガとともに消えて亡くなってしまった。 



「……はるかな昔、ここは聖王国領だったらしいのです。しかし『オリビィ伝説』以降、魔物の巣食う死地となり、やがて国境すらぼやけてしまった……。そうして今は誰も寄り付かない辺境として忘れられてしまったそうです」

「町はどうして消えてしまったのでしょう?」


 真子が疑問を口にする。

 記憶を失っている真子は、いまやすっかりジルに懐いていた。

 日本のことを話しても、携帯越しに偽島ちちが話しかけてもまたっく思い出さない。

 偽島は、やはりショックを受けていたようだがアルテマの例もある。きっと治るだろうと挫けてはいない。


「わかりません。……ただ帝国と聖王国の対立はその時代から続いているとも聞きました」

「伝承と関係があるのですか?」

「どうでしょうか……1000年も前のことですし。それに賢者様もおとぎ話だとおっしゃっていましたからね」

「どうして私を連れてきたのですか?」

「もののついで……と言ったら気分を悪くしますか? なにか起こるかと思いまして。だってあなたはここから転移してきたのですから」

「……できればもう来たくはないです。……怖いです」


 真子は怯えながら、後ろを振り返る。

 そこには聖槍シャイン・ランサーで突き上げられ、串刺しに垂れ下がっている死霊騎士デッドナイトがいた。


「あなたも訓練すればアルテマのようになれるでしょう。大丈夫、私が教えてあげますから。この程度の雑魚はすぐに気にならなくなりますよ」


 やわらかく、穏やかに微笑むジル。

 真子と近衛騎士たちは誰も笑っていなかった。





「いよいよ明日やの」


 村の集会場で打ち合わせをしながら上機嫌な飲兵衛。

 玄関の脇には、お祭り用のお酒が大量に積まれている。

 実行委員の人たちが老若男女忙しく動き回る中、飲兵衛だけはお酒の前から動いていなかった。


「ちょっと飲兵衛先生、つまみ飲みしないでくださいよ!?」


 気の強そうなお姉ちゃん。

 飲兵衛の手にある小瓶を指さしながら文句を言ってきた。

 飲兵衛はシラケたふうに頭をかくと、


「……これはワシの持ち酒や。あと先生はやめてや、ワシとっくに引退しとるんやからな?」

「なに言ってるんですか、あんなに患者さん抱えといて。今日はもう行かなくていいんですか?」

「ワシのぶんはもう済ませたからな。あとは連中にお任せや」

「……いいかげんなんだから」


 しょうがないな、と苦笑いで去っていくお姉さん。

 悪魔祓い患者のことを言っているのだが、飲兵衛のやることは正直ほとんどない。

 病気の症状を確認して、それらしい問診をするだけである。

 実際に悪魔憑きであるかどうかの判断はアルテマの仕事だ。


 集会場には政志たち子供会の集団がいた。

 明日の前夜祭。その出し物の最後の段取りをしているようである。


「今年の演目はなんじゃろな?」


 お座敷をこっそり覗いてみる。

 どんなお話を演じるかは少年たちが自分たちで決めているらしく、去年は『かぐや姫』一昨年はたしか……『一寸法師』だったはず。


 ありきたりな、誰もが聞き飽きた話。


 だが無垢な子供たちが一生懸命演じる姿こそが見世物なのだ。

 村の年寄りたちはみんな明日を楽しみにしていた。

 もちろん飲兵衛も劇を肴に白酒を飲むのを何よりも楽しみにしている。

 だけども今年の演目は例年と違い、珍しい話に挑戦しているようだ。

 政志をはじめとした年長組が『子供っぽい話より、もっと地域に密着した風俗劇を演じたい』と提案したかららしい。


 確かにその方が祭りとしては相応しい。

 戦後とりあえず催されたいまの祭りは、どうにも中身が薄い。

 神様云々というよりも、村人の景気づけという意味合いが濃いからだ。

 町内会の盆踊りみたいなものである。

 なので、せめてもっと村の歴史を掘り下げたものにしたほうが面白いし、格好いいのではないかと子供たちながらに考えたらしい。


「ええこっちゃええこっちゃ。何事も真剣にやらんとオモロないっちゅうもんやしな……ヒック」


 畳に落ちていた台本を拾い上げる。

 そこには『木津谷の龍』そうタイトルが書かれていた。

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