第287話 戦場で大切なもの

 ……翁よ命拾いしたな。


 占いさんにたしなめられ、引き返していく元一。

 それを薄笑いで難陀なんだは見下ろしていた。


 もうあと少し不誠意を働いていたら、今度こそ藻屑もくずに変えてやっていた。


 我の企みに気付いているようだな?

 我は嘘が下手である。 

 そんなもの今まで必要がなかったからな。


 鬼娘は期待外れであった。

 もう少し冷徹であると思ったがな。

 あれでは我を仕留めることなどできはしまい。

 ならば喰らい尽くすのみである。


 次なる鬼が現れるまで……。





「私は真子が無事でいてくれるなら。世界が危険にさらされようが問題ない」


 座った目で答える偽島誠。

 埃とオイルにまみれた木箱の中には追加のマシンガンと弾丸が詰まっている。

 同じ木箱が数十箱、船上に積まれていた。


「……そうか、まぁお前ならそう答えるだろうなと思っていた」


 言って中を確認するアルテマとアニオタ。

 ぬか娘は操舵室からおっかなびっくり顔だけ出している。


「ぼ、ぼ、ぼ、僕もルナちゅわわわわわわわわわんの為ならば地球など木っ端微塵になっても構わないでござるよ!!」

お前ゲロゲロベロベロには聞いていない」


 アルテマたちは街の港からクルーザーに乗り、和歌山の沖合まで出てきていた。

 非合法な物を扱うには陸より海のほうが都合がいい。

 海上で取引してそのまま直に異世界へと送る。これが一番リスクが少ない。

 やっていることは完全に犯罪者だが、自分たちは戦争をやっているのだ。言ってなどいられない。

 クルーザーの側には国籍を隠した怪しさ満点の漁船がピタリと付け、みるからに蛮族風な乗組員は荷を確認している幼女アルテマを興味深に観察している。


 すべてバレていたと元一から聞かされたアルテマは、水臭い隠し事をしてしまっていたことを皆に謝って回った。

 悪気がなかったこと、どうしようもなかったことを知っている皆は黙って許してくれたが、ぬか娘にだけは『もう隠し事はしないでね、絶対だからね』と泣かれてしまった。

 そしてこの先どうなろうが一蓮托生だと言ってもらえてアルテマは言葉に言い表せないほどの感謝を感じた。


 難陀なんだの封印は解く方向で話は進んだ。

 何が起こるかはわからないが、約束した以上それを反故にしてしまうのは問答無用の怒りを買うだろうと。

 封印を解いて、もし暴れるようなことになれば、そのときは全力で倒してしまえばいい。勝てるかどうかわからない相手だが、放置していてはこの先もずっと生贄という犠牲を増やし続けるだけ。元よりそのつもりで準備してきたじゃないか。


 そう言われて腹が座ったアルテマ。


 異世界も、蹄沢も、両方を救うにはヤツを消さなければならない。

 それが『源次郎』からの開放なのか、それともアルテマたちによる成敗なのか。

 どっちに転ぶかはわからない。

 もちろん、難陀なんだの勝利というバッドエンドも大いにある。


「ヘイ、ミスターニセジマ。払イガ、タリナイナ?」


 代表らしき褐色の男が難癖を付けてきた。

 代金が足りないと文句を言っている。


「そんなはずはない、額面通りあるはずだ」


 始まったな……。と偽島は面倒くさそうにため息を吐いた。

 渡したケースの中には契約通りの金額がきっちりユーロで収められている。


「ノーノー。オレタチのトリブンネ」


 コイツラは武器商人ではない。ただの運び屋。

 なので代金のほとんどは依頼主の手に渡るのだが、一時でも大金を目にした人間は欲に取り憑かれるものだ。慣れてくるとその場の気分で運賃を上げてくるケースも珍しくない。

 もちろんそんな態度では彼らも運び屋として信頼を失ってしまうのだが、相手が平和ボケした日本人なので舐めているのだろう。

 しかし悲しきかな。そんなパターンに偽島の方が慣れてしまっている。


「……どれだけ欲しいんだ?」


 金は余分に準備してあった。

 しかし男たちは金ではなく隠れている痴女ぬかむすめを指さして、


「ソノ娘ガイイナ。置イテイケ」


 ニヤニヤと、舐めきった笑みを浮かべた。

 後ろからぬか娘の小さな悲鳴。


 偽島はゾッとした。

 男に怯えたわけではない。

 隣からアルテマの『ぷち』という、何かが切れた音がしたからだ。


 ――――ボワァッ!!

 アルテマの背中に黒い炎が燃え上がった。


 ああ……これでまたトラブルが増えるな……。

 しかしまぁ……今回の取引で当面の数は確保できたし良しとするか。


 黒炎アモンに燃やされる連中を想像しながら偽島は携帯を取り出した。

 送金が遅れると、せめて相手には断りを入れておかないと……。

 そうしようとしたとき、


「アミーゴでござる、アミーゴでござる」


 アニオタが両手を広げ、無造作に男たちへ近寄っていった。

 その自然な所作にアルテマも偽島も、運び屋たちもハテナ顔。

 そのまま運び屋の船に乗り移る。

 そして真ん中、連中の輪の中心まで歩いていくと、


「ぱららぱっぱぱ~~~~~~~!!」


 ドラ◯もん的なファンファーレを奏で、そして懐から何かを取り出した。


「携~~帯~~◯◯◯んにゃらら~~~~!!」


 それは一体の小さな木人形。

 人形の内側からかすかに精霊の気配がした。


「これは帝国軍衛生科精神保健係に所属するペンネ―ム『草むらの勇者』さんから(こっそり)送っていただいた行軍用携帯お慰め人形で、握りしめて瞑想すると好みの姿に変身し『お話相手』になってくれるという悪魔のアイテム――――」

「アモンッ!!!!」


 どぐわばぁぁああぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁんっ!!!!


「ああ、私だ。申し訳ない、取引でトラブルが起こった」


 燃える運び屋船を背景に、偽島は無表情で船を発進させた。

 アニオタは太平洋に置き去りに。

 そして『草むらの勇者』さんは後日、ジルに吊し上げをくらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る