第284話 っぱ味噌汁よ

「わかりました」


 そう返事をして電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールを閉じたジル。

 外は薄明るく、小鳥の声が聞こえていた。

 ジルはベッドから出ると外出の準備を始めた。

 龍脈――――奈落の峡谷については以前からこちらも調査を進めていた。

 帝国お抱えの賢者様。

 彼にも日本の状況と難陀なんだことは伝えてある。


「誰かいますか?」

「……はい」


 ジルは扉越しに従者を呼ぶ。


「賢者様の元へ向かいます。馬車の準備を」


 元一様の言葉は涙が出るほど嬉しかった。

 帝国もアルテマの故郷だと言ってくださった。

 自分はまだあの子の親でいていいと、言われた気がしたからだ。






「おかわり」


 ボォリボリ。バァリバリ。きゅっきゅ。

 ぬか娘特製『人参と茄子のぬか漬け』を食べながらお茶碗を差しだすカイギネス皇帝。

 世話付きの女性はそれを受け取ると杓文字しゃもじ片手にオヒツを開ける。

 炊きたてホカホカご飯の香りがテント内に広がった。

 ここは対聖王国軍本陣にして、帝国の大本営(仮)テント内。


「う~~~~む……この『ぬか漬け』と『米』の相性は素晴らしいな。甘みと辛味とひなびた香り。いくらでさじが進むわ」


 おかわりはこれで三杯目。まだまだ食べそうな勢いである。

 米の栽培は難しく、痩せた帝国の土地ではなかなか育てづらいと元一から言われたが、それでも作る価値は充分にあるとカイギネスは考える。


 栄養価、保存性、ともに文句なし。

 精米で出たぬかはぬか漬けの元として、わらは家畜の餌や様々な加工品に使える。そしてなにより美味い。

 もし栽培が無理だったとしても、絶えず異世界から送ってもらおう。


「よいなアルテマ」


 夢中で飯を頬張るカイギネス。

 頬をパンパンに、リスのような顔で命令する。

 食卓の前には開門揖盗デモン・ザ・ホールが開かれて、その中にアルテマが映っていた。


『はい、追加分はここに。それから新たにお味噌汁をお試しいただきたく準備いたしました』


 山と積んだ米袋に漬物桶。

 新たに収穫された秋野菜とともに、一杯のお椀がお盆の上に置かれていた。

 占いさんが作ってくれたカブ。それを使ったお味噌汁である。


『漬物ももちろんですが味噌汁を忘れてはなりません。米、味噌汁、漬物、この三点セットは和食の基本でありまして、魔性の破壊力がございます』

「お、お、お、そ、そうか!? な、なら早く送ってくれ、おいライジア!!」


 副官を呼ぶ。

 するとハゲがまたちょっと進行したライジアが台車を引いて現れ、アルテマの側までやってくる。


「ご無沙汰ですなアルテマ殿。……やはり何度見ても愛くるしいお姿で」

『ありがとうライジア様。あなたもより男に磨きがかかっておられるようで』

「それは私の頭のことを言っておられるのか?」

『まさか(笑)』

「ぐ……と、ともかく交換品はこれで良いか? 前線だからな、あまり貴重な物は用意出来ませんが……」


 台車の上には数冊の魔法書や小型アイテム。兵士用の酒樽などが置かれていた。


『……針が揃いました。それで大丈夫です。では送らせていただきます――――開門揖盗デモン・ザ・ホール!!』


 唱えると、アルテマ側の品が揺らいで消え。同じく台車の品も揺らいで消えた。

 そしてまばゆい光の後、それぞれの品がそれぞれの場所に入れ替わっていた。


 テント内に立ち込める味噌汁の香り。

 それを嗅いだカイギネスは堪らんとばかり、すぐにライジアに持ってこさせる。

 そしてポカポカ湯気の上がった香ばしいスープを一口。


「………………………………………………………………」

『……いかがです?』

「カイギネス様?」


 アルテマとライジアが固唾をのんで返答を待つが、皇帝はピタリと固まったまま動かない。

 しばしの硬直の後、ぎこちなくもう一口飲むと次は追っかけて米も頬張る。


 すると――――がつがつがつがつ!!


 なにも言わぬまま猛烈な勢いで米をかっこみはじめた。

 それを見て目を丸くするライジアに、口を押さえる世話付きの女性。

 アルテマは誇らしげに頭を下げた。


「米、味噌汁、米、ぬか漬け、米、味噌汁、米米、ぬか漬けそして米!! おい!! どうしてくれる止まらんぞアルテマ!!」

『そうでしょうとも。私も最初はその沼に引きずり込まれ抜け出すことができませんでした。そこへさらに『ひじきの煮つけ』『きんぴらごぼう』などを追加されるともうベルトなど用無しになってしまいます』


 実際アルテマは最初の頃より随分とふっくらしていた。

 これが本来の姿(おばさ――――熟女)だったら発狂していただろうが、幸い今は成長期真っ只中の幼女。

 多少ぷっくりしているくらいがむしろ良い。


 カイギネスも最近は歳のせいか、油のきつい肉などは辛くなってきていた。

 畜産業中心の帝国ではどうしても重い食事になりがち。

 なので自然と食べる量が減って力も落ちてきて(?)いたが、日本食を味わってからというもの、また以前のような食欲が戻ってきた。


 野菜中心。あっさりとしているのに豊かな味わい。

 油分が少ないにもかかわらずしっかりとした旨さと深み。

 食材も素晴らしいが、食文化も大変高度なものだとカイギネスは内心唸る。


「……このスープ。どなたの作だろう?」

『お母ちゃ――――ゴホン。私の母、節子でございます』

「そうか。すばらしいな。今度、早いうちにぜひ我が城のコックへ料理指南を願いたいものだ」

『わかりました。では早速、お母ちゃ――――母にその旨伝えます』

「たのむぞ」

『は』

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