第283話 わかっていても

「やはりわからない……か」

「ええ、私もね調べましたよ。呪われた運命を変えたい一心で。……でもいくら調べても素性はおろか、名前すらわからなかったのです」


 そう言って節子は仏壇の前に座る。

 鐘を鳴らし手を合わすと引き出しを開けた。


「その後の痕跡もか?」

「ええ……あなたと同じです。もう何百年も昔の話ですから無理もありませんが……。季里について残っている遺物はこれ一つだけです」


 持ってきたのは古い木箱。

 受け取った元一。

 中を見るとそこには朽ち果てかけ、くすんだ位牌が。


「……これは……どういうことじゃ?」

「わかりません。私も目が見えるようになって驚いたのです」


 位牌に書かれていた名前。

 俗名には『源次郎』と書かれていた。





 難陀なんだがアルテマに出した条件。

 集落のメンバーにも黙っているその話。

『我を開放せよ』

 あのとき難陀なんだはそう言った。


 かつて源次郎が難陀なんだとなったとき、その身体に大きな剣が突き立てられたという。

 それによりこの地に繋ぎ止められた難陀なんだは、そのまま肉体のない悪魔として永年の時を過ごした。

 地中に眠っている源次郎の躯に刺さった剣。

 これを抜いてくれれば、呪縛から解き放たれ、自由になれる。


 もちろんアルテマは断った。

 いまでさえ計り知れなく危険な存在なのだ。

 そんなものを開放してしまったらどんな災が起こるかわからない。


 しかし難陀なんだは言った。

 自分は本来、欲のない悪魔なのだと。

 季里を追い、生贄を欲するのは『源次郎』の業なのだと。

 その繋がりを断てば、これまでのすべての災は終わる。


 だれが信じるかそんな話。

 アルテマは言った。

 ならはなぜ、いままで誰かにそれをさせなかった?


 難陀なんだは返した。

 それができるだけの魔力を持った術師が現れなかったからだと。


 それでもアルテマは信じなかった。

 だけども断ることはできなかった。

 条件をのまなければ帝国が滅んでしまうかもしれなかったからだ。

 

 龍穴は開けられた。

 期限は村の祭りが終わるまで。

 それまでに剣を抜かなければ再び門は閉ざされる。


 この話をアルテマはまず元一に相談した。

 世界を危険に晒してしまうかもしれないと。

 すると元一はこの話は秘密にしておけと言った。


 この罪を背負うのは自分たちだけでいい。

 底なしに気の良い連中に、これ以上背負わせられない。

 何かあったとき、すべての責任は親であるワシが背負う。と。

 




 源次郎の躯は石祠の真下。地中に埋められているという。

 山の麓に封印された洞窟がある。

 その場所は難陀なんだが示してくれた。


「……まったく、胡散臭い話じゃの……。あの龍、一体何を企んでいる?」


 あきらかな罠。

 抜いた途端『ふははははは馬鹿め』などと言う展開が目に浮かぶ。

 しかしそれでもいまは異世界の問題が大事。

 依茉えまを受け入れ、育ててくれた世界をどうして見捨てられようか。


 アルテマには異世界の戦いに集中しろと言ってある。

 その間、ヤツの企みはワシが調べてやる。

 自宅への帰り道。

 元一は携帯を取り出すと、慣れない手付きで画面を操作する。

 そして電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールを起動した。




『はい、ジルでございまふ……まふまふ』


 応答してくれたジルはまたどえらい格好をしていた。


「……すまんな。就寝中じゃったか?」


 画面の向こうのジルは寝巻きをはだけ、ベッドの上で逆さまになって丸まっていた。例えるならバックドロップを食らった直後のレスラーのよう。


「すまん。またかけ直す」


 ――――ブツ。

 切ると。


 ――――カランコロ~~ン。


 すぐに折り返しの着信が。

 画面には本家・開門揖盗デモン・ザ・ホールを模した金色のベルが。そしてその真中に『ジルさん』と表示されている。


「……もしもし……大丈夫か?」


 応答すると、画面に再び、


『あらひゃらふぁひゃ、ら、らいりょうふでふ!! なにかありむぁしたか、はふはふ……』


 ウルトラ寝ぼけまなこの、それでも真摯に応対しようと頑張るジル(ボサボサ髪)が映し出された。

 すごく申し訳ない気分になりながらも元一は用件を話した。


「あ……いやその……すまんな。実はちょっとそっちでも調べてもらいたいことがあっての。……龍脈のことで、わりと急ぎなんじゃが」

『リュ~~……。ああ……世界を繋ぐ流れのことでしゅね……はふはふ』

「そうじゃ、実はカクカクシガジカ」


 元一は難陀なんだとのやり取りについて説明した。

 話し終わる頃にはジルの目もすっかり覚めていた。


『……ははぁ……なるほど。たしかにそれは怪しいですね。というか間違いなく何か企んでいますよ?』

「そうじゃ、しかしそれがわかっていても龍脈を抑えられているかぎり、ワシらは逆らえん。そこで相談なんじゃが。……そちら側からも龍脈について調べてはもらえないかの?」


『こちら側からも?』


「うむ。……こちらに難陀なんだという門番がいるのなら、そちらにも何かいそうなもんじゃろう? いなくとも何かしらの情報があるはずじゃ。そちらの門は奈落と呼ばれる峡谷なんじゃろう? そこに何か難陀なんだについての秘密がないか教えてほしいんじゃ」


『……秘密、ですか』


「ああ、伝承でも昔話でも何でもいい。いまのままでは奴と戦っても良いのかすらわからん。なんとか始末できたとしても龍穴が塞がってしまっては帝国に加勢することもできなくなる。……ワシは娘の――――両方の故郷を守りたい」

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