第282話 消えていた侍

「闇に紛れし魔の傀儡、その怨霊よ。姿を現し、その呪縛を火雷とともに溶かせよ。――――呪縛スパウス


 アルテマの魔法と、


「ずおりょあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!!!」


 ――――ズッドガァアァァァァァァァァァンッ!!!!


 六段の聖拳が唸りを上げる。


 聖なる気をブチかまされた芋虫のような低級悪魔は『ギキュィッ!!』と断末魔をあげると空気に溶けるよう魔素の光へと変わった。


「はいはい、魔素吸収ソウル・イート


 それをすかさずアルテマが吸収し、


「はい、おつかれ様でした。お次はこちらへどうぞ~~」


 カーテンで仕切られた向こうから、ぬか娘が手招きする。

 ビキニアーマー姿の痴女……もとい美女に招かれたお爺さんは、何かを勘違いして鼻の下を伸ばしながら仕切りをくぐると、そこには魔操香まそうこうを炊いている怪しげな老婆(占いさん)がいた。



 ここは蹄沢集落から少し離れた村役場。

 アルテマたちはそこの多目的ホールをを借り、悪魔憑き治療をさせてもらっていた。

 占いさんの家では手狭だったということもあるが、集落にあまり多くの人を集めるのは危険だとアルテマが言ったからだ。

 たしかに、すぐ側に難陀なんだという邪竜(神竜から格下げ)がいる以上それはわかるのだが、どうも他にも理由があるように思える。

 難陀なんだとの話し合いについて、アルテマはいまだはっきりとしたことを皆に言わない。


 何を話して、何を交換条件に龍門を開けさせたのか?

 あの龍に、ただお願いして素直に聞いてもらえるわけでもなかっただろうに。

 問い詰めたいが「後で話す」と言われ、それ以上は聞けない。

 元一は知っているようだが、アルテマと同じく口を閉ざしている。

 そして最近何かを調べているようで、この大騒ぎだというのに今日も姿を見せないでいた。


 多目的ホールは小さめで、収容人数は100人程度。

 除霊はそこを三つに区切って行われた。

 まず最初の区画で軽い説明(陰陽道についてテキトーな嘘)と目隠し、耳栓をしてもらう。

 次の区画でアルテマが呪縛スパウスを唱え悪魔を引きはがす。同時に六段が成敗。

 最後に占いさんによる呪いをかけて終了となる。


 呪いの内容は『アルテマのことは忘れろ』

 そして意識を奪い帰路につかせる。

 家に帰った瞬間、意識は戻るように設定した。


 こうすることで悪魔と異世界の存在を悟られず、あくまで『怪しげな婆さんの怪しげなお祓いでなんだか知らないうちに体が治った』と思わせることができる。

 モジョ的にはそんな回りくどいことしないで全員ホールに押し込み、初手から魔操香まそうこうで記憶消去の強制送還でいいんじゃないか? と言ってきたが、それは出来ないとアルテマが断った。


 帝国の民はこちら世界の文明ちからで救われているのだ。

 ならばこの世界の人々も帝国の魔法ちからで救わせてもらう。

 そう言ってくれた。


 ならば難陀なんだの話しも隠さなくていいものを……。

 そこは不義理の罰として私が出しゃばらせてもらおうか。

 香を炊きながら占いさんはそんなことを考えていた。





「アルテマはやらんぞ」


 村長宅を尋ねた元一。

 出迎えた政志の顔を見た途端、思わず口走ってしまった。


「……え? ……あ、あの……」

「あ……い、いや……ゲフンゲフン。エツ子は、お婆さんはいるか?」


 慌てて取り繕い、本来の目的を告げる。


(……まだ小学生の子供相手に何をムキになっておるんじゃワシは)


 そう反省するが、もう半年もすれば中学生。

 悪い虫になりかねない年頃でもある。


(……やっぱり油断はできんかもな)


 ――――ゴゴゴゴゴ。

 エツ子を呼びに行く政志の背中、そこに軽く威圧の念を送る元一。

 そうしつつ、娘を持った男親の心配ができることを嬉しくも思っていた。

 ややこしいお年頃である。


「ゲンさんかい? いいよ、上がっておくれよ」


 お座敷からエツ子の呼ぶ声がした。


「おう、ではお邪魔するぞ」





「あなたが一人で尋ねてくるなんて珍しい。……また息子が迷惑かけましたか?」

「いや、今日はそうじゃない」


 政志が用意してくれたお茶と羊羹をいただきながら首をふる。

 通された部屋はエツ子の私室。

 家具は少く簡素な部屋だが、埃一つなく、掃除が行き届いていた。


「目が見えるようになりましたからお掃除が楽しくて……。家具もこれから揃えようと思っているのですよ」

「そうか、良かったのう」

「ほんとに世界が綺麗で……それだけで毎日幸せです」


 噛みしめるように外を眺めるエツ子。

 庭に咲いた桔梗ききょうがとても美しい。


「……それで? 何を聞きに来られたのです?」


 花を見たままエツ子が言う。

 元一が背負っている不安も見えているようすだ。


「……うむ実はな……。あんたの先祖の話をもう一度聞きたくてな」

「季里のことかい?」

「いや、その許嫁だった侍のことじゃよ」


 言うと、エツ子は意外そうに元一を見た。


「……訳あって調べたんじゃが、そのお侍も源次郎(難陀の人間名)が死んで間もなく行方をくらませておるな?」


 村の寺で調べた情報だ。

 鎮魂の祭り、その起源となる物語を記した伝記。

 その中で季里と思われる村娘は、その後一人で生涯を終えていた。

 エツ子に取り憑いていた悪魔の話だと一人の侍と結ばれたはず。

 だがその侍の痕跡がどこを探しても見当たらないのだ。


「その男の正体が知りたいんじゃ。……なにか知っておるか?」


 エツ子は再び視線を外に移す。

 そしてなにか困惑したように深い溜め息をついた。

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