第280話 高収入、がんばり次第で月収〇〇万円

「くそう……なんでこの聖騎士たる俺がこんな……下っ端警備兵みたいな真似をしなければならないんだ」


 蹄沢集落をぐるりと回る川のほとりのプレハブ小屋。

 建て直されたその中に、クロードは一人愚痴を吐きながら座っていた。

 小屋の中は新たにエアコンが設置され、床には畳を、窓にはカーテンがかけられている。

 ちゃぶ台、冷蔵庫、炊飯器、コンロ、布団など生活用品も持ち込まれ、すっかり人が住めるように改装されていた。

 そして入り口サッシの横に『蹄沢自警団屯所』と墨で書かれた板が。


「誰が団長だ誰が。百歩譲ってせめて団長にしろって言うんだまったく」


 カップうどんをススリながらぼやく。

 クロードが新たに任命された役職は『蹄沢自警団団長』

 要は集落に寄ってくる面倒くさい連中を片っ端から追い返す、または排除する仕事である。


 ちなみに団長は占いさん。

 彼女がゴーレムから受けた情報を元にクロードへ指示を出す。

 クロードはそれに従い出動するわけだが、だったら最初っから自分にゴーレムを従わせろと言ったら却下された。


 表向きの理由は『まだ信用できない』ということだったが、実際はアルテマの邪心(クロードへの悪口=変態ナルシスト、ロリコン騎士、残念美男子、金髪の無駄遣い、粗チン、隠れ陰キャ)などが筒抜けてしまうためである。


 会社の仮眠室は追い出されてしまった。

 24時間体制で監視できるようにとのことだったが、労基というものを完全無視されてしまっている。そのぶん手当は出るので我慢しているが、せめてもう一人ぐらい相棒を付けてくれてもいいと思う。


『暁の愚連隊』を再結成させろと偽島に進言したがこれも却下された。

 ゾンビ騒動で崩壊した街を復興するのに本業が手一杯なのだそうだ。

 街を破壊したのは自分たちも同然だというのに、その後片付けで儲けるなどとマッチポンプもいいところなのだが、聖王国も帝国もそういう特需を糧に国家運営していた一面もある。なので嫌悪感はない。

 とにかくいま偽島組は大忙しで金回りも良く、そのドサクサに紛れてヤバめの兵器も仕入れている。

 仕入先は別の暴力団関係を通じて海外マフィアなどから回してもらっているようだが、そこになぜかあのアニオタも一枚絡んでいるようだ。


 一体ヤツは何者なのだと詮索したい気持ちもあったが、同じラノベ好き同士、悪い人間ではないだろうと見逃している。

 そもそもクロードが本気を出せば、空母相手にだって勝てるのだ。正体がヤクザだろうがギャングだろうが、どうでもいい。


 怖いのはせいぜい……アルテマぐらいのもの。

 いや……元一の爺さんも厄介か……。

 六段のホーリークロウも接近戦ではぬるくないし、占いババアの陰陽道はちょっとヤバメの破壊力。エロゲ戦士(ぬか娘)も天敵だし……。


「……やはり異世界に戻れる日まで大人しくしている他はないのか」


 ……ぐぬぬ。と歯を食いしばる。


 アルテマは誤魔化しているが、どうも異世界の戦況が怪しい。

 そんなにバカスカ物騒な近代兵器を送って大丈夫なのか?

 まさか……聖王国に半旗をひりがえす気じゃあるまいな。


 翻すどころか、いまだ絶賛ガチ戦争中などとはつゆ知らず。

 クロードは今日も呑気に集落を守っているのだった。





「どうれ――――うむ。……もうすっかり大丈夫なようじゃの」

「せやな。街の眼科いしゃはなんて言うとった? ……ヒック」

「信じられないと目を丸くしていましたね。悪霊のことはもちろん伏せていますけれど……噂は広まっているようですね」


 そう言ってエツ子は柔らかく微笑んだ。

 季里姫の呪いから開放され、視力が戻ったエツ子。

 だからといってすぐに普通の生活ができるわけでもなく、しばらくは光に慣れるため街の病院でリハビリが必要だった。

 占いさんのところにも定期的に通っている。

 悪魔のレベルがレベルだっただけに、消滅したとはいえこちらもしばらく様子見が必要だったからだ。

 幸い両方とも経過は順調で、ほぼ完治したといっても問題ない。

 元気なようすを見て、飲兵衛もますます酒が進んでいる。


「まだ強い光に当てられると頭が痛くなりますけれど……。テレビなんかは辛いですわね」

「政志は元気かの?」

「孫もおかげさまで。催しの練習にはりきっていますわ」

「催しってあれか? 今度の祭りの? ……ヒック」

「ええ、もう来週なんで。今日はこっちに来れないって。ふふふ」


 来週、この蹄沢集落を含む『木津村』で毎年恒例のお祭りが開かれる。

 元々、難陀なんだの気を鎮める『鎮魂の祭り』が開かれていたのだが、戦争の折、神社が焼けてしまってから廃止となり代わりに出来た祭りである。

 無病と豊作を願うもので難陀なんだとは無関係とされている。


「楽しみやなぁ~~。ワシはあの境内で配られる甘酒がなにより好きなんや。うひひひひ、ヒック」

「……半分は洋酒で割って飲むんじゃったかの?」

「せや、米こうじの風味とブランデーがまたいい相性なんやでぇ~~うひゃひゃ」


 だらしなく笑う飲兵衛に顔をしかめる占いさん。

 節操の無さに呆れているようす。


「今日はアルテマさんはいませんの?」

「ああ、ちょっと戦争に――――いや、仕事で忙しくての」

「そう……」

「なんじゃ? あいつに用事でもあったか?」


 占いさんが聞くと、エツ子はちょっと嬉しそうな顔をして、


「……いえ、政志がね。こんどの劇、アルテマさんにもぜひ観てもらいたいって。そう伝えてくれと……」

「「ほほう?」」

「うふふ」

「「ほほほほぅ☆」」


 そんな青臭いお誘いに、三人の老人はイヤラシく微笑み合うのであった。

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