第279話 しばらく消えててね

「……どうやって俺たちの存在に気付いたんだ?」


 荒縄でぐるぐる巻きにされた高峰。

 気がつけば見慣れない和室に寝転されていた。

 あれからどうなったのか?

 どこにいるのかまったくわからない。

 斎藤は……いない。

 他の仲間もいない。自分ひとりだけのようだ。


 

 クロードが唱えたザキエルの魔法。

 渦を巻いた空気は丘一つを飲み込むほどの巨大竜巻を数体作り、その範囲にいた公安偵察隊は潜んでいた者も含めて、全員一網打尽に空へと舞い上げた。

 そしてそのまま蹄沢集落まで運び、川へ落下させた。

 高峰の記憶がないのはそのショックのせいである。


「そんなことは……知る必要のないことじゃよ――――かっかっか……」


 ゾッとする不気味な笑い声。

 高峰の前には濃い紫のローブを纏った老婆が妙な杖を持って座っていた。

 老婆の顔は深くかぶったフードに隠れて見えなかったが、まぁ占いさんである。


「……仲間は……どうなったんだ? できれば全員無事に開放してもらいたいものなんだが……。そうしてもらわないと色々面倒になるんだ……」

「仲間はもう開放してやったよ……お前さんが最後じゃ……かっか」 

「そりゃありがたいんだが……何もなく帰れるわけじゃ……ないんだよなぁ? 痛いのだけは止めてほしいんだけど……どうも苦手でね、そういうの」


 虚勢をはって精々せいぜいおちゃらける高峰。

 見つかってしまったスパイの運命など、考えたくもない。


「ほっほ……話が早いねぇ。なぁに、痛くはせん。みな気持ちよく逝ったわい。今回も、前回も、そのまた前の連中もな?」

「……そ、そりゃ楽しみだな。……なあその前に一つ聞かせてくれないか?」

「なんじゃ?」

「ズバリ聞く。あんたらは何者なんだ?」

「全員同じことを聞いたよ。……私らは普通の一般人じゃ。ただ、ちょいと異世界の騒動に巻き込まれているだけのな?」

「……異世界? おいおい……冗談を聞く余裕はないんだけどねぇ」

「なに心配いらん。どうせすぐにすべて忘れる。理解してもらおうとも私らは思っとらんよ……面倒くさいからの。っかかか」


 そう言って懐から小さな小瓶を取り出す占いさん。

 それはジルから交換品として送られてきた『魔操香まそうこう』という呪いのアイテム。

 この香瓶の粉を吸い込んだ者は意識が朦朧とし、呪いを込めた者の思い通りに動かされてしまうという恐ろしいものだった。


 日本円換算で一本三百万円する大変高価なものの上、中級以上の魔術師にはほとんど効果がないという使い勝手の悪さがあるが、魔術師のいない現世においてはチートアイテムと言えるだろう。


 ちなみに高峰たちの居場所を見つけたのはアイアンゴーレム。

 電波と同じく人の思念まで傍受できる彼らは、その中から悪意を選定し、情報を逐一占いさんへ送るよう設定されていた。

 最初はアルテマへ送っていたのだが、そうするとクロードの愚痴まで拾ってしまい、彼女のストレス負担が半端なくなるので占いさんへと振り分けられた。

 人間組で魔法を受信できるのは占いさんだけだったのと、人の悪意を受け流せる年の功があったからである。


「ところでお前さんよ?」

「あ? なんだ?」


 不気味に、何かを含んだ笑みを浮かべる占いさん。


「次はどんな人生送りたいと思ってるんだい?」





「おう、終わったか占いさんよ」


 ダンボールに秋茄子なすをパンパンに詰めている六段。

 その隣ではぬか娘が山程の塩と糠と麹種を準備していた。


「ああ、終わった。元気に旅立っていったぞ」

「今度はどこに向かわせたんだ?」

「ブラジルだね。コーヒー農家になりたいって笑っておったから、そのようにしてやったよ。カカカカ」

「……気の毒になぁ」


 容赦のない占いさんに、苦笑いする六段とぬか娘。

 ゾンビ騒動の後、砂糖に群がるアリのごとく調査の手が集落にのびてきた。

 今日のように政府関係はもちろん、学術関係や新聞社、オカルト雑誌記者やフリーカメラマン、陰謀論者など数え上げればきりがない。


 異世界の戦争や難陀の対策に大忙しのアルテマたち。

 野次馬連中にかまっている暇などなく、ジルに頼んで対策品を送ってもらったのだ。


 捕らえた者たちはみな、香の呪いによって記憶を削除。

 かわりに適当な目的を持たせて野に放っている。

 高峰も明日にはブラジル行きの飛行機に乗っていることだろう。

 その他の連中もみな、元の生活や組織とは無関係な役割を与えて散らせている。


 呪いの期限は五年に設定した。

 家族や恋人がいる者には気の毒だが、生きているだけマシと思ってもらう他ない。


「……で、また漬物を送るんかい」

「うん。皇帝さんが私のぬか漬け気に入ってくれたらしくてさ!! それで今度はこうじ漬けを試してもらおうと思って。えへへ」

「ワシはナスをな。炭で丸焼きにしたナスは肉よりうまいと教えてやったら是非送ってくれと頼まれてな。飲兵衛も後で酒を持ってくと言っていた。わはは」


 得意満面に笑う二人。

 自分の味が異世界に理解してもらえるのはとても嬉しいらしい。


「……やれやれ、こっちは平和じゃの。……どれそれじゃあ私もカブでも抜いてくるかね……」

「いいねぇ~~。それじゃあ味噌と顆粒出汁も入れとこう」

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