第278話 鉄壁の集落

「あれが蹄沢集落か……。まさに限界集落って感じだが……ほんとにあそこの連中があの騒ぎを起こした張本人っていうのかねぇ……」


 シルバーの中級セダンにもたれかかり双眼鏡を眺める一人の男。

 冴えないワイシャツにくたびれたネクタイ。

 曲がったタバコは一見するとどこにでもいる中年サラリーマンだったが、纏う気配の隙の無さは、そうではないことを物語っている。


「……調べましたからね。代表者はシラを切ってましたが、証拠映像と周辺住人からの証言であの集落に異能の力が働いているのは間違いありませんよ高峰たかみねさん」

「……間違いないってお前……真顔でよく言えるね、そういうこと」


 若い部下にむかって苦笑う高峰と呼ばれた男。

 彼の肩書は警察庁警備局 公安四課 情報室長。

 そして若い方は部下の斎藤である。


「僕だって言いたくないですけどね……実際に目撃例どころか体験談もあるんで、しょうがないですよ」


 彼が言っているのは悪魔憑き治療を受けた老人からの情報。

 ほとんどの老人は恩を感じ、空気を読んで、素知らぬ顔をしてくれているがそれでも人の口に戸は立てられない。

 不思議な力を使う占い師と子供巫女。そして物の怪モノノケとしか思えないバケモノの情報は、すでに機関が知ることとなっていた。


 一ヶ月前に起こった未曾有みぞうのモンスター騒ぎ。

 世界には地震でのパニックと言い訳し、残った映像も加工職人による悪ふざけと言うことにしてあるが、あれは紛れもなく本当にあった生物災害バイオハザード


 当然、国はすぐに調査に動きだす。


 この一ヶ月間、四課はフル稼働で蹄沢集落を徹底マークしていた。

 とくにライブカメラ映像に残っていた三人。

 暴走車を運転していた眠たそうな目の女と半裸の痴女。

 そして骨の大恐竜を退治した、魔法としか思えない力を使った謎の幼女。


 これらは特に調べなければならなかったが、しかしそこで厄介なことがおきた。

 集落の周りには無数の監視カメラと調査員を配置した。

 ドローンも常に巡回させ住人の動きを完璧に監視していたが、あるとき、その情報が突然途絶えたのだ。


 調査員からの連絡もなく、行方を調べたが、彼らの姿も消えて無くなっていた。

 すぐに再調査隊が組まれたが、それらもすぐに音信不通になった。

 拉致されたか、処分されたか。

 国家機関のエリート捜査員が、こうも簡単に消されてしまうなど尋常な話ではない。


 間違いなくあの集落にはなにかがある。

 それだけはわかるのだが……。

 しかしそれが異能の力によるものだとは……さすがに信じられなかった。


「電波も通じなくなってますね。再調査隊からなにも報告がなかったのはこのせいですかね?」


 車の無線を入れて首を傾げる斎藤。

 適当に県警へ連絡を入れてみるが波の音がするだけで反応がない。

 携帯スマホでかけてみるが、これも無音で繋がらない。

 アンテナの表示は三本立っているにもかかわらず、である。


「電波妨害ってわけでもなさそうだが……。と、なるとどんなカラクリだ?」


 答えは街中に張り巡らされたアイアンゴーレム。

 この精霊がアルテマたちに害する思念を読み取り、その情報だけを壊している。

 だから電波状況はそのままに、偵察者の情報伝達だけを遮断できているのだ。

 もちろんそのことを知る術など高峰らにはありはしない。


「さすがに気味が悪いですね……どうします?」

「どうしますったってお前……調べろって言われてんだから、やるしかねぇだろうが。十数人も行方不明にされてんだから引き下がるわけにもいかねえしな」

「ですよねぇ……」


 一応、蹄沢集落からは500メートルほど離れた丘の上。

 そこの展望台駐車場に陣取っている。

 ここなら連中に気づかれる心配もないだろうし、念のため仲間も散らせて潜ませていたのだが……通信が使えないとなると、ひょっとしてここも安全ではないのだろうか?


 高峰がそう思ったとき――――『ラグエル』


 ――――ゴッ!!!!


「はっ??」


 聞き慣れない男のつぶやきと、まばゆい金の光が一面を覆った。


 ――――バシュゥゥゥウゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥウゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥゥウウゥゥゥンッ!!!!


 何かが破裂したような、逆に吸い込まれるような衝撃音。

 やがて光が収まり、目が慣れてくる。

 と、目の前に見たこともない一人の男。


 風になびいて流れるような長い金髪。

 整って繊細な顔立ちは絶世の美男子と言っても差し支えなく。

 形の良い、しかしあきらかに人との違いを示す長い耳は神秘さすら感じさせる。

 知らないものにとってはそんなふうに見えてしまう大馬鹿者――――クロードがそこに立っていた。


「お前ら、また公安ポリか? ……悪いが俺たちのことを知られるわけにはいかない。悪く思うなよ?」


 突然現れた謎の男。

 不敵に笑って、手を天に掲げた。

 それを見た高峰は咄嗟の反射で銃を抜こうとするが、


 ――――ぬ? ん? んんん???


 そこで初めて自分が丸裸にされていたことに気がついた。


「な、な、な、!????????」


 自分だけではない。

 振り抜くと、そこにあったはずの車も跡形もなく消えていて、同じく丸裸の斎藤が目を丸くしてアスファルトの上に座っていた。


 ――――意味がわからない。


 そして聞こえた『ザキエル』という言葉。

 覚えているのはそこまでだった。

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