第276話 進撃の波紋

「ライジア様、西方面軍がカイザークの奪取に成功したようです!!」

「……ああそうかい……」


 皇帝カイギネスの副官ライジアは、陣営テントの中に設置された執務机に突っ伏しながら暗い返事をした。


「敵リンガース軍は撤退。指揮官バルカスの生け捕りに成功。我軍の被害は皆無。大勝利とのことです!!」

「……ああそうかい……」


 伝令からの朗報に、それでも心ここにあらずのライジア。

 頭を掻きむしる。

 大事な頭髪がパラパラとホコリのように落ちてきた。


「……あの……?」

「…………なんだ?」

「大勝利であります!!」

「だぁら、わかっとるわっ!!!!」


「申し訳ありません!! リアクションも薄かったもので聞いていらっしゃらないものかと!!」

「〝も〟って言ったか貴様っ!?? 聞いとる、聞いとるわっ!! アルテマ軍が勝ったのだろう!? そんなもの、出陣した時点で結果などわかっていたわ!!」


 あの悪魔的な破壊力に求心力。

 防げるのは聖王国軍の、それも一握りの聖騎士ぐらいのもの。

 リンガースなど、商売だけが取り柄の軟派な国に対抗できる者などいやしない。

 だからこそ同盟関係でいてやったものを。


「あの……」

「なんだ!?」

「アルテマ様は指揮官としても優秀であられるのに、なぜ将軍ではなく近衛騎士なのでしょう?」


 ライジアは伝令の顔を見上げた。

 ははぁん……こいつ、さては新人だな。

 ため息をついて説明してあげる。


「……カイギネス皇帝はいまこの陣内にられない。なぜだかわかるか?」

「はっ? あ、いえ作戦上のことは……」

「どこの国でも王を最前線に立たせるバカはいない。そんな無謀なことをしているのは我が帝国ぐらいのものだ」

「はぁ……」

「ではなぜそんな作戦を取っているのかわかるか?」

「いえ……その」


 そうだろうな、わかるわけないだろうなと、もう何度目になるかわからないため息をつくライジア。

 そんな理由、考えてもあるわけがないからだ。


「簡単だ。皇帝がそれを望んでるからだよ」

「はぁ……。???」

「そうだな。だからといって自由に行動させるわけはないよな? 普通はな。しかし生粋の戦好きであられるあのお方は戦いの匂いを嗅ぎつけるともう止まらん。止めに入った兵士数十人ごと蹴散らして敵陣に突撃されるのだ」

「む、無茶であります」

「そうだ。しかしその無茶を止められる人間はもうこの帝国にはいない。……かつて一人だけいたのが暗黒騎士アルテマだったのだ……」

「なるほどそれで近衛騎士ですか」


 護衛というより監視役の意味合いの方が強かったのか……。

 なんとなく納得した伝令兵。


「……まぁ一部の分析では逆効果だったという話しもあるがな……。しかしいまは切に戻ってきてほしいと願っているよ……」


 皇帝はいま、聖王国軍との戦いに夢中になっている。

 単騎で敵陣へ殴り込み、ひとしきり暴れて満足すると傷だらけになって帰ってくるのだ。


 アルテマがいてくれたときは、まだここまでヒドくはなかった。

 まるでわんぱく小僧のような傍若無人っぷりに、ライジアをはじめとする側近たちはみな生きた心地がしていなかった。





「エフラム王子、アルテマ様軍が街を奪還してくださったようです」

「らしいな。流石としか言いようがない。穀倉地の方はどうなっている?」

「なんとか荒らされずに済んでいるようです。異世界からもたらされたうち蕎麦はすでに半ばまで生長しており、一部ではもう食用に回されております」


 帝国第二軍とその指揮官である第一王子エフラムは、カイザークの街よりも北にあるリミスの街で護りを固めていた。

 リミスの東にいくと穀倉地帯であるノルダーク平原が広がり、その北の砦に三軍が陣を張って雑国からの攻撃を退けていた。


 カイザーク、リミス、北の砦。

 この三つは帝国の食料庫を守る最重要拠点だった。

 カイザークか落とされたときは正直肝を冷やしたものだが、アルテマが異世界の不思議な道具とともに復帰してくれて頼もしいかぎりだ。


「これは?」


 側近が器に妙なものを入れて渡してきた。

 白い新芽のような植物が入っているが……。


「〝蕎麦もやしの和え物〟です。間引きした蕎麦の芽を茹で、塩とハーブで味付けしました」

「……驚いたな、こんなにも早く食べられるようになるのか?」


 一口食べてみる。

 クセもなくシャキシャキしてとても美味しかった。


「あと一ヶ月ほどで実が成り、穀物として本格的に収穫できますが、これも栄養価が高く食物として非常に優秀だそうです。異世界の『ぬか娘』様から調理法も送られてきております。他の植物も順調に育っております!!」

「素晴らしいな……これで冬の心配はなくなった。あとは我々が戦いに勝利すればいいだけだ」

「国民も喜んでおります!!」

「そうか……落ち着いたら充分な礼を返さねばならないな」

 

 そう微笑むと残ったもやしを大切に咀嚼し、感謝して味わうエフラムだった。

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