第275話 愚か者二人

「アルテマ様、館内をくまなく探しましたが敵将バルカスの姿はどこにもありません!!」


 エイミイの掲げる携帯、その向こう側の少女アルテマに向かって兵士が膝をつき報告をする。


「脱出されましたか……どうしますアルテマ様」

『やれやれ……無駄な手間をかけさせてくれるな』


 エイミイの問いにアルテマは余裕のため息を返してくる。

 そして短く息を吸うと、ある呪文を唱え始めた。


『魔の精霊よ、その身に染みし理を糧に真実を煙に虚実を霧に映し出せ』


 そして結ぶ力言葉――――『婬眼フェアリーズ


『バルカスの気配をたどって、行き先を示せ』


 呼び出しに応じて、ひさびさに生意気な声が頭に響いてきた。


『執務室の暖炉の中、隠し通路の向こう。火傷覚悟で突っ込むことだぜぃヒヒヒ!!☆』





「ここか」


 婬眼フェアリーズの示した執務室の暖炉。

 そこには薪が大量に炊かれていて大きな炎が轟々と燃えていた。

 その奥の壁に細工があり、作動させると逃げ道となる隠し通路が現れるようだ。


「アルテマ様、すぐに水を用意させます」


 とりあえず火を消そうと、エイミイが言ってくれるが、


『いや、これは魔法の炎だ。水では消すことはできない』


 当然ただの炎では、さしたる足止めにはならない。

 しっかり強固な壁を用意したというところだろうが……。


『おい婬眼フェアリーズ。この通路はどこまで続いている?』

『城壁の外側。すっと行って水門の側までだよ☆』

『バルカスは?』

『通路の途中で座り込んでるみたいだよ。バカだね太り過ぎ☆』


 ここから西へ10キロほど行くと湖があり、そこに街の水質を管理する施設がある。その建物の内部に出口があるということだ。


『ほんとにバカだな。これはもうゲームオーバーだ』


 そう呆れるとアルテマは後の対処をエイミイに告げた。





「……はぁ……はぁ……はぁ……」


 狭く真っ暗な一本の通路。

 その中を将軍バルカスは一人ヨタヨタと歩いていた。


 手には細い松明と、ショートソードを一振り。背中の革袋にはできる限りの水と食料。あとは鎧さえも装備せずにローブ姿のまま硬い石の上を進んでいた。


 黒炎の魔女・暗黒騎士アルテマ。

 冗談じゃない。

 あんな化け物相手にまともに戦などやってられるか。


 城壁を踏み潰すほどの強大な黒炎。

 火龍のブレスにも劣らない破壊力。

 それをまるで通常魔法のように連発する正真正銘のモンスター。


 正直。

 アレが一人で攻め込んできても、我軍は壊滅していただろう。

 それを瞬時に理解して、ひとり逃げてきた。

 すべての部下と兵を見捨ててきたが、捕まれば、すくなくとも自分は確実に裏切りの見せしめとして、公的に焼き殺されてしまう。


 そうなるくらいならば、たとえ地位を失ったとしても逃げた方がいい。

 地上に出て、西に三日も歩けばリンガース領内。

 この隠し通路の存在は帝国軍も知らないはず。

 リンガースとの密取引と横領を常習としていた領主は、もしものときに備え、秘密裏に地下トンネルこれを作っていたそうだ。

 だからたとえ入り口を見つけられても、出口がわからないかぎり先回りなどの手は打てないはず。


 追手の音も聞こえてこない。

 途中に足止めの炎もいくつか置いてきた。

 ゆっくり歩いても充分逃げ切れる。

 精々の言い訳を考えながら逃げ切らせてもらおう。


 暗黒騎士アルテマよ。

 戦には負けたが、迅速的確な判断と周到さでは俺の勝ちだったようだな。

 この知将バルカス(自称)

 しょせん女の浅知恵で捕らえられるほど浅はかではない。

 いつの日にか、再びお前の前に立ちはだかり計略の沼に沈めてやろう。

 そしてその帝国一と謳われた美貌を我が手に……。


 ぐふふ――――と下卑た笑いを上げながら進むバルカス。

 その頭上をいま、アルテマ軍の騎兵が先回りに通過したことをバカは知らない。





「ルナとぅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるわん!! そうじゃないでござるよ!! もっとこう胸を寄せて……もとい脇を締めて腕を固定するのでござる!! はうぁぁぁっ!!!!」


 ルナに小銃の使い方を教えているアニオタ。

 近接戦闘が専門のルナは遠距離武器の使い方など教わりたくなかったのだが、どうしてもと言うので仕方なく講習を受けている。


「こ……こうですかアニオタさ――――いえ、お、お、おにいたま……くっ!!」


 いまはちょうど立膝式の撃ち方を教わっているところ。


「そうでござる!! そうでござる!! 膝もちゃんと立てるでござる。ああ、そっちの足ではないでござる!! もっとこう内ももをカメラに見せるように――――いやそうではなくて、膝で腕を固定する感覚で――――はうぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! 凛々しいでござる、凛々しいでござる!! 銃と美少女ってなんでこんなに相性がいいんでござろうか!? とうとし、とうとしでござるぅ~~~~~~っ!!!!」

「と……とうとぉ……? な、……にゃんですかそれはおにいたま……くっ!!」


 電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールのスクリーンショット機能をフル活用して講習の記録を取るアニオタ。

 目的が言葉になってダダ漏れしてしまっているが、純粋なルナにはピンときていなかった。


 今日も幸せなアニオタであった。

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