第262話 おくれたプレゼント
部屋に入ると、懐かしいランドセルがだらしなく迎えてくれた。
開けっ放しにされた蓋からこぼれる教科書。
時間割表。筆箱。そろばん。
すべてが懐かしい。
異世界に渡ってからの生活は楽なものではなかった。
ジルが面倒を見ていてくれたとはいえ、暗黒騎士として――――アルテマとして幾度となく戦場に出てきた。
その頃の記憶と、
それがごっちゃになり、なんだか笑えてくる。
――――がらがらがら。
節子が雨戸を開けてくれた。
陽の光が、暗い部屋の、止まった空気をかき混ぜてくれる。
照らされたアルテマの、顔半分が光り輝く。
そうしてあらためて。
「なんじゃ、また泣いとるのかお前……」
「だって……だってあなた。もう二度と……この部屋に光が入るなんて思っていなかったものですから……」
「そうじゃな……。しかし、これからはまた毎日のように風が入る。止まっていた時間が動き始める……そうじゃろ? その……え、
そう呼ぶ元一は、まだどこかぎこちない。
アルテマも照れくさそうに笑って、
「その……いまはいいが、他のみながいるときはアルテマと呼んでほしい……。なんだか照れくさくてな。か、構わないだろうか? お、お父さん……?」
元一ではなくお父さん。
昔はそう呼んでいたが、いまはとても恥ずかしい。
元一も、じわわわぁぁぁぁぁぁんと感動するが、同時に照れくさくてどういう表情を作ればいいかわからないようす。
34年も会えなかったのだ。
想いとは裏腹に戸惑いが二人を邪魔していた。
「わ……ワシも、連中の前ではいままで通り元一と呼んでくれ。あいつらのニヤケ顔を思うと……ムカつくからな」
「――――プ。そ、そうか? じゃ、じゃあそうさせてもらう。喋り方も……どうだろうか? 昔の私みたいに無邪気に喋ることは……ちょっと難しそうだ」
「それは当然ですよ
「そうだ。それはもちろんそうじゃ」
二人にとって。
止まっていたままの
いまこの目の前にいるアルテマこそが本当の娘。
過ぎてしまった時間も含めて、すべて受け入れてやるべき大切な存在なのだ。
「……ありがとう。お父さん、お母さん……」
そんな大きな温もりに包まれて、アルテマは本当に二人の娘に戻れた気がした。
その日の晩はパーティーをした。
あの日できなかった元一の誕生日会である。
メンバーは一家の三人だけ。
他の連中に見られるのは恥ずかしすぎると、元一が駄々をこねたからだ。
もし誘っていても、きっと気を遣って来てくれなかっただろうと思うが。
「……っていうかワシ……誕生日じゃないんじゃがな?」
「いいじゃないですか。あの日の続きです。夢にまで見た翌日なのですよ?」
テーブルに置かれた手作りのケーキを前に、ハンカチを頬にあてる節子。
そう言われては何も言い返せない。
そんな風を装いながら、実は一番泣きそうなのは元一本人なのだが。
ケーキはあの絵日記のとおりに作られた。
白いショートケーキに赤いイチゴ。
そしてロウソクのかわりに光るキノコを刺してある。
……と、言いたかったがシイノトモシビタケ など、本当はこの付近にない。
そう元一に教えられた。
なので仕方なく生シイタケを刺してある。
「いや……べつに無理して再現せんでもいいぞ? そもそもケーキにキノコとか……発想が無茶苦茶――――ぐふっ!??」
つい正直な意見を言いかけた元一。
その脇腹をえぐりこむように、節子の鋭い中指がめり込んだ。
「まあまあ……お父さん。もちろんこれだけじゃ終わらないよ」
明かりを消すアルテマ。
そしてシイタケに手をかざすと、
「――――師匠、お願いします」
密かに繋げていた
『はい、わかりました。神の祝福を、お父様にお伝えください』
そして唱え始める、とある神聖魔法。
『聖なる光の使者よ、その在りし理の秤を持って裁きの陽を紡ぎ出せ……』
それはラグエルの魔法。
神の作りし物、それ以外を消し去るこの魔法は、本来、浄化を司る神聖な灯火。
自然の産物たる生のシイタケはその光を難なく受け止め、とどまらせた。
――――パアァァァァァァ――――――――――……。
「……これは……」
「あらあら、まぁまぁ……キノコが光ってますよ、うふふふふ」
あるはずもなかった光のプレゼント。
巡り巡って――――異世界をも巡って。
いま。届けられた。
「遅くなったけど……誕生日おめでとう。……お父さん」
「う……うぐ……う……ぐぐ……」
そんなアルテマに返す言葉は無限にあったけれど。
なに一つ口に出せずに、涙を噛みしめる二人であった。
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