第260話 なんて言ったかな……?

 たしか……あの時はもっと暗くて……。

 そうだそうだ、確か古い石祠みたいなのがあって……そこで見た気がする。

 うんそうだ、思い出してきた。 


 依茉えまは拙い記憶をたよりに、どんどん上へと登る。

 坂道を汗だくになって、やがて山頂付近に辿り着いた。


「やっぱりあった……この祠だ」


 それは記憶どおりの古い石祠。

 薄汚く、そこらじゅう苔まみれの汚い祠だった。


「うへぇ……なんか怖いな……でも確かこの辺に……」


 生えてた気がする。

 狭い平地をぐるり探してみる。

 が、見つからない。


「おっかしいな……明るいからわからないのかな?」


 祠を覗いてみる。

 中には丸い石の玉があって。なにやら龍の形が彫り込まれているみたい。

 ちょっと調味がわいて、手で触れてみると――――ぽわ。

 何かが光った気がした。


「うん? ――――あ、キノコ?」


 こんなところに生えていたのか?

 ごしごし目をこする。が、すぐ光は見えなくなっていた。


「あれぇ……?」


 気のせいだったのかな? 頬を膨らます。

 ――――と。


「こらあっ!!!!」

「ぎゃあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!???」


 いきなり後ろから怒鳴られ、驚きで飛び上がってしまった。

 腰を抜かし、ゴロゴロ転がりながら後ろを見ると、


「――――え、あ? お……お父さん!??」


 そこには父である元一が、すごく怒った顔をして見下ろしていた。





「だから何度同じことを言ったらわかるんだ!! あの山に一人で入ってはいかんと言っとるだろうがっ!!!!」


 居間にて。

 依茉えまは正座をさせられ説教を受けていた。


 マズったな……まさか見つかってしまうなんて。

 父も普段はあそこら辺には近寄らないと言っていた。

 だから油断していた。


 もうかれこれ一時間は説教され続けている。

 最初は、言いつけを守れなかったことから始まり。途中から野生動物と狩り場の危険性に移り、勉強のこと、生活習慣のこと、お手伝いのことと渡り歩いて一周。

 また最初の件に戻ってしまっていた。


 それから更に一時間、説教は続く。

 悪かったのは自分だったが、父を想っての行動だったし……でもそれを言うわけにもいかず……。途中からなんだか腹が立ってきて「もういいっ!! わかったから、二度と作らない!! お父さんなんか大っきらいっ!!!!」と、畳を叩いて部屋に籠もってしまった。


 節子はこっそり依茉えまの日記を呼んでいた。

 だから娘の事情も知っていて、夕飯を届けたあと元一に説明した。

 聞いた元一は「それでも悪いことは悪い!!」と機嫌を直さなかったが、なんとも居心地が悪そうにしていた。

 その夜のことである。

 依茉えまが忽然と姿を消したのは。





「あの夜――――」


 アルテマは蘇った記憶をたどり、何があったのかを話し始めた。

 ここは鉄の結束荘、職員室。

 蹄沢のメンバー全員と村長の誠司、偽島も加わっていた。

 クロードは魔法の使い過ぎとヒールの副作用で心身ともに憔悴状態。

 長椅子に、粗末な夏布団をかけて転がされていた。

 いちおう活躍はしたので食事と冷えピタは支給されている。


「――――私はお父さ……元一と喧嘩して部屋でふさぎ込んでいた」

「アルテマちゃん照れないで、私たちの前でも〝お父さん〟呼びで良いんだよ」


 ほっこり興奮しているぬか娘。

 両親以外のみんなもニヤニヤニカニカ、うずうずしている。


「いや……その……とにかく、私はスネねて寝ていたんだ。そして夜中、なにかに呼ばれた気がして目を覚ました」


 茶化しに屈せず、話を続けるアルテマ。

 元一も小恥ずかしそうに横を向いている。


「なにかって?」

「……あの時は……わからなかったが、いまならわかる。あれは難陀なんだだ。ヤツが私の心の隙をついて誘い出したのだ……」

「心の……隙……」


 偽島が暗い顔をしてうつむいた。


「……私は誘われるまま裏山へと、あの石祠へと歩いていった。たどり着くと私の他に数人の女たちがいた。女たちは私と同じく意識が虚ろな感じだった……。やがて祠が光りはじめると、そこに巨大な龍――――難陀なんだが現れた。奴は私たちを美味そうに眺めると、ひとりひとり順番に飲み込んでいった。やがて私の番が来た。難陀なんだは飲み込む前に、一言だけ話した」

「……な、なんて言ったの?」


 すごく興味ありげに食いついてくるぬか娘。

 しかしアルテマは困惑したような表情を浮かべた。


「……それが……そこからはよく思い出せないのだ」

「な、なんてこったい……」


 がっくし――――。

 全身に走るムズムズ感に身をよじるぬか娘。

 みなもおあずけを食らった犬のように仏頂顔になった。


「し……仕方ないだろう。と、とにかく気がつくと、私は異世界に飛ばされていたのだ……名前以外の記憶を消されてな」

「そうだったんだ……」





依茉えまがいなくなった朝、私たちは必死になって外を探しました」


 節子が語る。


「村中走り回り、警察へも連絡しました。そうしたら、いなくなったのは娘だけでなかったと知らされて……。やがて龍神の祟りだと噂になりました……」


 節子と元一、二人の目に涙が浮かんでくる。

 アルテマを抱き寄せ、話を続ける。


「祟りだなんて……私たち世代は誰も信じませんでしたが、上の人たちはみな事件を隠すように動き、警察もまじめに捜査をしてくれている様子はありませんでした」

「え? ど、どうして……??」


 ヨウツベが質問する。

 それに対しては村長である誠司が答えた。


「きっと私の祖父がそう働きかけたのでしょう……」

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