第259話 あの日

 ――――ちゅんちゅん、ちゅちゅちゅん。


「…………ん?」


 雀のさえずりに目蓋を揺すられ、目を覚ますアルテマ。

 ……ここは、どこだ?

 わからなかったが、しばらくぼ~~としているとやがて記憶が蘇ってきた。


「――――元一っ!???」


 慌てて飛び起きる。

 そうだ。

 昨日、私は元一にリ・フォースをかけて――――。


 そこから先の記憶が曖昧。

 かろうじて覚えてはいるのだが、確信がない。

 私が依茉えまで、元一がお父さん。

 節子がお母さん。


 そんな嘘のような話。夢だったとしか思えない。


 布団を跳ねのけ、二人の元へ――――ガンッ!!

 行こうとしたら枕元に置いてある目覚まし時計を蹴っ飛ばしてしまった。


「――――痛ぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ~~~~……っ!!」


 小指を握りしめ悶絶する。そこに、

 ドカドカドカドカッ!! ――――パァンッ!!!!


 木床を踏むけたたましい音が近づいてきたかと思うと、部屋のふすまが勢いよく開けられた!!


「ど、どうした、何事じゃ!?? サルか!?? 熊か!?? 悪魔か!?? おのれ、どんなヤツが出てこようともこのワシが成敗してくれるわっ!!」


 猟銃を持った元一が登場。

 腰には節子も抱きついている。


「あ……あなた!! 病み上がりなんですから、そんなに動いては!!」

「ええい、体ならもう治っている!! そんなことより無事かっ依茉えまーーーーーーーーーーっ!!!!」


 叫ばずとも、目の前に転がっていた。

 目をまん丸に開いたアルテマが。


「……げん……いち」


 しばらくの見つめ合い。

 やがて――じわりとアルテマの目に涙が溢れてきた。


「……依茉えま


 そう呼ばれ、曖昧だった記憶に鮮明な輪郭ができあがる。


 遠い遠い昔の記憶。

 同じ部屋で向かい合った記憶。

 二人は今よりずっと若かったけれども。

 この家も、ずっと新しかったけれども。

 その景色が今とかっちり合わさって、失った時間を感じて、後悔と懺悔と悲しみと嬉しさがグチャグチャになって。


「うぐ――――ぐ、お……お父さん……お母さん……う……うぅぅぅぅぅぅ」


 涙が破裂するように溢れ出す。

 そんなアルテマの頭をぐっと抱きしめる元一。


「ば……バカモンが……お前……どんなに…………どんなに心配したと……。ありがとう……。ありがとうな……帰ってきてくれて……ありがとうなっ!!」


 窒息しそうなほどアルテマを抱きしめる元一。

 その後ろで、節子もボロボロ涙を落としていた。





 34年前――――蹄沢集落。


 小学四年生の依茉えまは、その日も元気に帰ってきた。

 明日から夏休み。

 ランドセルを部屋に放り投げると、休む間もなく子猫のように外に飛び出した。


依茉えま、どこへ行くの!?」

「川、サワガニ!!」

「サワガニって……」


 もう四年生でしょ、もう少し女の子らしく……。

 節子は思ったが、近所に男の子どころか同級生もいない田舎の娘。

 色気づくのが遅れるのも、仕方のないことかもしれない。

 シャベルとかごを持って走っていく。

 (川にシャベルはいらないでしょ。……まったくどこに行くのかしらね)

 そうため息をついて、愛娘を見送る節子。


「占いさん、ただいまーーーーっ!!」

「おう、おかえり依茉えま。トマト持ってけ、ほれ」

 

 畑で仕事をしている近所のおばあさん。

 熟れたトマトを投げてくれる。

 キャッチしてすぐ口に入れた。


「美味しい、ありがとう!!」

「こいつも持ってけ」


 今度は六段さんがキュウリを投げてくれた。


「ありがとーー」


 二つの野菜を両手に、シャベルを脇に、ポリポリかじりながら裏山へ。

 途中、学校を通り過ぎる。


 通っている、いつもの分校。

 今年、六年生の二人が卒業したら自分一人になる。

 そうなるとケイヒサクゲンとかで、町の本校まで通わなきゃいけなくなる。

 悲しいけどバスに乗れるのはちょっと楽しみ。

 職員室でお茶を飲んでいる校長先生兼担任のおじいさん先生に手を振った。




 裏山にやってきた。

 川に行くと言ったが、あれは嘘。

 本当はキノコを採りにきたのだ。


 嘘をついたのは一人で山に入るのを禁止されているから。

 ここら周辺には熊がよく出る。

 父親は農業をしながら猟師もしているので、ときどきそれらを狩る。

 猟師仲間もたまにやってくる。

 そんな山に小さな子どもが一人でうろついていては危険だと、キツく言われているのだ。


 だけども依茉えま知っている。

 銃を使うのは尾根を越えた向こう側だと。

 こっち側だと民家もあるし危険だから。

 なので頂上から向こうに行かなければ大丈夫。

 そんな屁理屈をもちだして、ときどき遊びにきていた。


「う~~~~ん……どこにあるのかなぁ~~~?」


 地面を注意深く調べながら山道を登っていく。

 一生懸命探しているが、なかなか見つからない。

 探しているのはシイノトモシビタケ という希少なキノコ。

 暗くなると緑に光る不思議なキノコだ。


 明日はお父さんの誕生日。

 プレゼントに手作り誕生日ケーキを用意したけども、なんだかそれだけでは味気ない。なにかオシャレな工夫は出来ないものかと考えて思いついたのだ。ロウソク代わりに光るキノコを添えてみようと。

 食べられないみたいだけど、ロウソクも食べられないからいいでしょう?


「おっかしいな……」


 以前はどこで見つけたんだっけ?

 たしかもっと上だったかな?

 数年前の記憶をたどる。

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