第258話 逃げるが勝ち!!

『「――――リ・フォース!!」』


 アルテマの体に、聖なる信仰が注ぎ込まれてくる。

 体内の魔素が聖気に変換され痛みが走るが、そんなものまったく気にしない。

 いまのアルテマにはそれを無視できるだけの気力と、魔力と、ポテンシャルが戻っていた。


 手から聖なる光が解き放たれる。

 それは白から透き通る青へと変化し、元一の体に染み込んでいく。


 ――――元一。

 アルテマが呼びかける。

 ――――あなた。

 節子が呼びかける。


「戻ってきてくれ元一!! ――いや――――」


 アルテマが祈りを込めて手を握りしめる。

 そして心を込めて呼びかけた。


「――――お父さん」


 元一の手に節子と依茉えま、二人の涙が落とされた。

 すると青の光が一層輝きを増し、


「……う……ぁ……」


 小さな呻きとともに、


「……あなた」

「お……おとうさん……」


 目がゆっくりと開いていった。





 ――――カッ!!!!


 クロードの手から聖なる光が放たれた!!


『グギャアアアァァァアアァッ!!??』


 ゾンビの中に巣食う悪霊が、一瞬にして蒸発する。

 ゴーレムを握った手からは、


 パァァ――――パァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!


 線を伝って、街全体にリスペルの光が拡がった!!


 聖光で世界が真っ白に染まる。

 消された色の中で無数のスケルトンが、ゾンビが、グールが、それぞれの絶叫を上げ、溶けるように倒れていく。

 悪霊が蒸気のようにかき消えて、消滅していった。

 残ったのはバラバラに散らばった骨と、ゾンビ化が解かれた人間たち。

 その中には警官や機動隊に応戦され、負傷し、中には重傷の者もいる。


「――――もう一仕事だな。アルテマも上手くやったか」


 階下から強大な神聖魔法を感じた。

 リ・フォースの気配。

 ギリギリか。しかし間に合ったな。

 悪くない気分の中、クロードはもう一発、全力の魔法を準備する。


 ゴーレム線を握って。

 街全体に拡がるように、


「俺は聖騎士クロード。アンデッドごときに一人も殺させるものか。――――行け!! ヒールッ!!!!」


 ――――――――カッ!!!!





 目を開けてくれた元一。

 節子は泣き、ぬか娘たちも泣く。

 しかしアルテマだけは涙を飲み込み、ジルへ次の魔法を願った。


「すぐに怪我の回復を!! 師匠っ!!」


 魂が戻っても、体が生きていなければ。

 リ・フォースとヒールはセットで唱えないと意味がない。


『はい。『外』はクロードに任せます。私たちは『中』を担当しますよ』


 言ってジルが唱えてきたのはヒールの上級、範囲回復魔法の――――、


『――――エリアヒール!!』

「ぐっ――――っ!?」


 ――――ドゴッ!!!!


 結びの力言葉とともに、ヒールの柱が突き立った。

 それは安置室の壁をも越えて、階層をも越えて、病院建屋全体を銀の光で覆った。


 六段の腕が修復される。

 倒れている、元ゾンビの患者たちも全員回復していく。

 屋上のクロードも、偽島も全回復した。





 ――――…………「いやぁ~~~~……にしても良かった良かった」


 鉄の結束荘。

 みんなの憩いの場、職員室にて。

 ほっこりした顔でお茶を飲む、ぬか娘。


「あ、これ私特製、トマトのぬか漬け。お茶受けに食べて食べて」

「しかし……よ、よかったのですかね……どさくさに逃げてきて」


 チュパチュパ酸っぱそうに食べながら、誠司が不安な顔をする。


「なにいうとんや。ほならあの状況、あんた上手く説明できるんかいな?」


 祝い酒を手酌しながら飲兵衛が茶化す。

 誠司は無言で首を振った。


「まぁ、誰も死んでいないのだから……細かいとこはいいじゃないか……ぐうぐう」

「おお、その通りだ!! モジョよ、今回はお前も大活躍だったみたいだな。褒めてやるわい!! わははははは」


 再生した腕で頭をグリグリなでてやる六段。

 全ての悪魔と魔物を消滅させ、怪我人も回復させたアルテマたち。


 元一も生き返って――――すべて一件落着。

 と言いたかったが、半壊した町並みと何より市民たちの記憶はどうにもならない。


 突如湧き上がり、そして消えてしまったアンデッド。

 散らかった骨・骨・骨。

 病気以外の患者が全て回復してしまった病院。

 そして何より防犯カメラやスマホ、マスコミ中継など、画像映像がよりどりみどりで証拠として残ってしまっていた。


 マズイと判断したモジョとヨウツベ。

 回復した元一へ状況を説明するのも後回しに、すべてを放り投げて集落に逃げ帰った。


 それが昨日の話だった。

 一同は結束荘にもって、日をやり過ごしていた。


「でも……本当にアルテマさんが依茉えまさんだったんですね?」

「ああ。……ま、ひと目見たときからワシは確信しとったけどな。ツノが生えても見間違うわけがない」


 ヨウツベに六段が答えた。

 占いさんも深くうなずく。


「私たち、最初に事情を聞かされた時は信じられなかったけど……。まさか本当にね……。親の勘って凄いんだねモジョ?」

「ああ……けっきょく黙ってたのは取り越し苦労だったっぽいけどな」

「そんなことないよ。いまで良かったんだよ――――きっと」


 これが神様……ううん魔神様のお導きよね。

 よかったねアルテマちゃん。

 問題はさらに山積みになっちゃったけど、とりあえずいまは喜んでいいんだろう。

 ぬか娘は窓から見える元一家を眺めながら微笑んだ。

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