第254話 繋がり
「ぐ……ぐうぅぅぅぅぅうううぅっ!!??」
焼けるような全身の痛み。
適性もなければ信仰も違うアルテマの幼き身体では、リ・フォースを生成するだけの聖気(魔力)を錬成することができない。
「ぐ、ど、どうすればいいのですか師匠!!」
元一の魂が、どんどん遠ざかっていくのを感じる。
アルテマは焦り、声に出して叫んでいた。
それを聞いたまわりのメンバーは、その声色でなにかトラブルが起こったことを悟る。しかし術が発動してしまって、迂闊に手を出すことも話すこともできないでいた。
そんな中、占いさんだけは聞かずとも状況を理解していた。
法力の練度で、魔力の流れが見えるのだ。
アルテマの身体は無理に通そうとする聖気に悲鳴を上げ、いまにも崩壊しそうになっていた。
ここに来るまでも無理をしてきたのだろう。
すでに心身とも擦り切れてボロボロになっているはず。
『だめです。これ以上はあなたの体が持ちません。術を止めます!!』
ジルが言うが、
「私のことなんてどうだっていいのです!!」
アルテマが悲鳴を上げた。
「私なんて壊れようが裂けようが、それよりも元一を助けてください!! この人は関係ないんだ!! 私が勝手に世界を渡って、迷惑をかけて――それでこんなことに……死なせるわけにはいかないんです!!」
その言葉に、節子がアルテマを抱きしめた。
同じように小さく悲鳴をあげて。
「アルテマ……いいのよ、もういいの。あなたを犠牲にしてまで、この人は生きようなんて思っていません。思うものですか!! もう……無理を……しないで……お願いです……うううぅぅぅっ!!」
「いいや、そんなことはできない!! 師匠お願いします!! 無理にでも!! 私は耐えてみせます!!」
『し、しかし……』
ジルとて救いたい。
多少の無理で済むのなら、させてやりたい。
孤児として育ったアルテマ。
自分が親代わりに育てたつもりだったが、本当の親のように愛情をそそいでやれたわけでもない。
いまも、この子は私を母とは呼ばず、師匠と呼ぶ。
そんな彼女が、元一と節子だけにはすごく優しい目を向ている。
思わず、嫉妬してしまうほどに。
アルテマを通じて節子の気配が伝わってきた。
すごく柔らかく、大きく、強い。
無限と断言できる――――強い強い想い。
――――限界のない、無償の愛がそこにあった。
(ああ……そうでしたか)
その瞬間、ジルは理解した。
驚くこともなく自然に飲み込めた。
それだけの力が、節子とアルテマ、そして元一から感じられた。
『わかりました』
ジルは答えた。
『容赦はやめます。アルテマ、死んではダメですよ』
三十数年前――――異世界ラゼルハイジャン。
帝国領の端にある、とある荒野。
ジルは聖王国軍との小競り合いに援護として呼ばれ、馬に揺られていた。
草木も生えぬ、乾いた土の上をコツコツ蹄を鳴らしながら進む。
乾燥しきった草の玉が、風に運ばれ転がっていく。
こんな痩せた土地を……どういうつもりで奪いにくるのか?
もはや聖王国側も理由はわかっていないのかもしれない。
すこし道を外れると〝奈落への入り口〟と噂される峡谷がある。
不気味な雰囲気が漂うその辺りは、強い魔物も多く現れる。
「ジル様、すこし歩を速めましょう」
それを理解している護衛がそう提案してきた。
うなずいて、少し早足で馬を進める。
と――――やがて視線の先に小さな影が現れた。
――魔物か?
緊張が走る。
近づくにつれ、段々とその影の正体が見えてくる。
「ツノ……? こ、こいつ……オーガの子供か?」
オーガは頭にツノを生やし屈強な体躯を持つ人型魔物だが、魔物であるかぎり生殖能力はない。魔物とは生物が悪魔に憑依されて増えるものだからだ。
なのでオーガの子供とは間違った表現で、いうなれば子供のオーガと表現すべき。
「待ちなさい」
武器を構え警戒する兵士を下がらせ、ジルが前に出た。
子供は女児で、見た目の年齢をいえば10歳くらいにみえる。
「ジル様、オーガは凶暴な魔物です!! お下がりください」
部下たちが進言してくるが、
「……いいえ、これはオーガではありません。この子は――〝鬼〟です」
「……お、鬼……!? 鬼といえばあの……希少種の……?」
「ええ、おそらく。……間違いありません。ただのオーガでは、ありえないほどの魔力を感じます……」
鬼と呼ばれた女児は、荷物も、羽織るものさえ何も持たず、真っ裸。
身体の所々に小さな傷を負っていて、目は虚ろに曇っていた。
どこから歩いてきたのか……荒野を見渡すが集落はもちろん、キャンプ一つない。
やがて力尽きた女児はガクンと膝を折ると地面に倒れた。
「いけない」
あわてて馬から降りるジル。
女児に駆け寄って〝ヒール〟の魔法をかけてやる。
「……う……」
魔法でいくぶん回復した女児は、閉じかけた瞳を開けてジルを見上げた。
「大丈夫ですか? 私は帝国暗黒神官長ジル・ザウザーといいます。あなたに危害を加えるつもりはありません」
「あ……」
女児は言葉にならない言葉を発すると、力なく空を見上げ、周囲を見回した。
「あなたは鬼の……いえ。あなたはどこから来たのですか? 帰る場所はありますか?」
ジルの問いかけに、
「…………………………」
なにもわからない、判断できないといった風に目を踊らせる鬼の女児。
「……そうですか、わかりました。ではあなたの身は私が預からせていただきます。……覚えているようでしたら名前をお聞かせ願いますか?」
言葉すら通じているのかわからない。
聞かれた女児はしばらく虚空を眺めていたが、やがて目を合わせると、
「
「うん?」
「私…………
「アル……エマ?」
それだけ言うと女児はスゥ……と眠りについた。
「アル、デェ、イマ? 帝国では聞かない名前ですねジル様」
「そうですね……。正体がわからない以上、本名を使わせるのも危険です」
護衛が眉を寄せて言う。
ジルは少し考えて、
「アル……デェマ……アルテマ。うん、あなたは私の名前を付けて〝アルテマ・ザウザー〟これからはそう名乗りなさい」
微笑み、まるで母のように優しくアルテマの頭を撫でた。
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