第255話 記憶の欠片

 ――――ババッ!! バリバキバリバリバリバリッ!!!!


 リ・フォースの魔法がアルテマの身を内側から焼いていく。

 魔神信仰に染まった肉体は精神魔法の通過を嫌い、そのストレスが痛みとダメージに変わっていく。


「う――ウグッ!! うぐ、うぐぅぅっぅぅぅぅぅぅぅ……!!!!」


 本当ならこれ以上の無茶はさせられない。

 しかしジルは気づいてしまった。

 元一が、そして節子がアルテマの――――いえ、有手依茉あるで えまの両親だったということに。


 アルテマは過去の記憶を失っている。

 自分が誰なのか、何処にいたのか、どうしてここにいるのか。

 名前以外はすべて真っ白で、なにかを思い出すことはなかった。


 いまも。

 元一や節子のことを思い出しているわけではないだろう。

 しかし記憶などでははかれない、強い絆をたしかに感じているはず。

 だからこそ、命をかけて救おうとしているのだ。

 恩のため、などではけっしてない。


 ジルはそんなアルテマの想いに100%の答えを出してやるつもりだった。

 無理をさせられないと、引くのは簡単。

 しかしアルテマが元一を想うように、ジルもアルテマを想っている。

 想っているからこそ、同じ恐怖を。

 大切に想っている人間が消えてしまうかもしれない、という最大の恐怖と戦おう。


 ジルは震えながらもリ・フォースの出力を上げる。

 アルテマの――小さな体の限界を越えてまで。





「ぐ――――うぐぅぅぅぅぅぅうううぅぅぅぅっ!!??」


 気の遠くなるほどの激痛。

 全身が焼きただれ、灰になっていく錯覚すら感じる。

 血管が浮き上がり、破れ、手足の感覚もなくなってくる。

 しかしアルテマはそんな代償をむしろ頼もしく、それだけ元一を救える力があるのだと歓迎した。


「アルテマ、もう止めて!! やめなさいっ!!」


 節子が悲鳴をあげる。

 しかしリ・フォースの力はどんどんと上がってアルテマもそれを受け入れていく。

 焦げて血だらけになっていく娘を止めようと強く抱きしめ、夫から遠ざけようとするが、アルテマがけっして元一の手を離さない。


「ぐぐ……げんいち……たのむ、返ってきて……」


 決死の想い。

 だがそれでも魂の光はどんどんと薄くなっていく。


 だめだ……まだ、まだ足りない……!?


 身を裂くほどに出力を上げても効果を現してくれない神聖魔法。

 もっと――――もっと力を込めなければ!!


 だけども。


 これ以上、どうやっても魔力を放出することができない。

 もうすでに、この身体の限界は越えていた。

 ジルも絶望を感じていた。

 愛弟子を、壊すつもりで、容赦などなく本気で唱えた。

 それでもこの上級神聖魔法を完成させるには至らない。

 それだけのポテンシャルがいまのアルテマの身体には、どうしてもなかった。


『ア……アルテマ……もう、これ以上は』 

「嫌です!!」


 ジルの言葉に、即座に否定を返す。

 それはただの感情。

 いくら嫌だと叫んでも、届かないものは届かない。

 そんなことが理解できない弟子じゃない。

 それでも足掻くのは、相手が大切な人だから?


 ――――いや。

 自分はそれでもアルテマの親。


 30数年も親代わりの師匠として彼女を見てきた。

 窮地であればあるほどアルテマは冷静に、一粒の可能性を探す。

 それを拾って、これまでいくつもの修羅場を越えてきた。

 そんな弟子が嫌だと叫ぶのなら。


 きっとあるのだろう、一粒の可能性が。





 激痛に薄れる意識の中。

 アルテマは、元一と節子の手のぬくもりを感じていた。

 それはとてもあたたかい、やさしい、安心という海に包まれた感触。

 鼓動が止まって冷たいはずなのに、そう感じた。

 感じるほどに自分の中にある、大切な大切な想いがくすぶってくる。

 そのくすぶりを消したくなくて、命を削ろうともリ・フォースを止めない。


 景色が浮かんできた。

 ――――これは……知らない記憶?


 ある場所で遊んでいた。

 周囲はぼやけてよく見えないし、遊んでくれている人の顔もよく見えない。

 でもとても優しく頭を撫でて、喜びと安心を与えてくれる人。


 ある場所でご飯を食べていた。

 ウスターソースとケチャップの手作りハンバーグ。

 ほっぺのご飯粒を取ってくれる人がいる。

 その人もとっても優しく、あたたかい。


 ある場所で怒られていた。

 危ない道具に勝手に触ったから。

 男の人に頬を平手打ちされた。

 とても痛かった。

 でも怖くはなかった。

 それが愛情だと知っていたから。


 ある場所で寝込んでいた。

 風邪を引いてうなされていた。

 男の人と女の人がそばにいてくれた。

 二人は私の手をにぎって、死ぬなと言ってくれている。

 大げさだな。

 ただの風邪なのに。


 依茉えま依茉えまと私を呼んでいる。

 依茉えま……?


 ああ、そうだ。

 それ、私の名前だ。

 この人たちは――――?

 お父さんとお母さん。


 ああ、そうだ。

 いま、この手をにぎってくれている人たちは――――。


 元一と節子は――――。


 記憶のモヤが晴れて、景色がはっきりと見えてくる。

 ある場所は――――元一の家。そして蹄沢集落。


 お父さんとお母さんは――――。



 抱きしめてくれている節子に向かってアルテマが言った。

 目に一杯、涙をためて。


「お母さん……?」

 と。

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