第253話 ギリギリの二人

 ――――パアァアアァァァアアァァァァッ!!!!


 アルテマの体が、まばゆい白の光に包まれる。

 ジルから送られてきたリ・フォースの聖気が全身を駆け巡り始めた。

 ビリ、ビリビリビリビリビリッ!!!!


「ぐっ!!」


 激しい痛み。

 承知していたが、それを上回る激痛。

 だが気合で押し込み、アルテマは、元一の冷たくなった手を握った。


「げん……いち……」


 固くなった皮膚に触れたとたん、悲しみと怒りが湧き上がってくる。

 大丈夫、絶対……絶対に死なせはしないぞ。

 アルテマは残った魔力の全てをジルに託す。

 ジルはそれを糧にリ・フォース魔法を完成させようとするが――――しかし、


『……………………くっ』


 曇った声をあげた。

 光はアルテマの手から元一へと伝わり、体を包み込んでいる。

 本当ならばこの時点で魂は再び燃え上がり、鼓動を取り戻すはずなのだ。

 だが元一は光に包まれたままで、何も反応を示さない。


「……師匠……これは?」


 まるで無い手応えに、アルテマの不安な声が伝わった。

 ジルは苦渋の声で返答する。


『術が……上手くコントロールできません。このままでは……魔法は未完成に終わってしまいます』

「未完成!? そ、そんな……な、なぜですか!??」

『……………………』


 ジルは一拍の呼吸をはさんで、状況を分析。そして答えを出す。


『…………おそらく、あなたの身体がこの上級魔法の流力に耐えられていないのが原因だと思われます』


 リ・フォースは神聖魔法の中でも最上位に位置する高級魔法。

 修行を積んだエルフでも、適正によって使える者と使えない者がいる。

 クロードが使えないのはそれによるもの。

 それを魔族であるアルテマが使うのは、代理とはいえ難しいものがあった。





「――――くそ、ザコどもがっ!!」


 オラクルの維持に魔力の大半を消耗し、めまいを感じているクロード。

 それでも群がってくるゾンビ共を聖剣で蹴散らし、階段を登っていく。

 エレベーターを使いたかったが、出口に集団で待ち伏せされたらかなわない。

 ここは辛くても自由の効く階段を使ったほうがいい。

 そうして上階に上がっていくと、また新たにゾンビ集団が現れたのだが、その中に動きが早い個体が二体。


『ウグルォォォォォオォォォ……』


 グールだった。


「――――チッ、まだ使える死体が残っていたか? まぁ病院だからな」


 めんどくさい奴が現れたと、階段の途中で立ち止まる。

 たとえ一体でも、六段ぼうりょくジジイがあれほど苦戦したグール。

 それが二体同時、さらにゾンビの集団も引き連れてとなると、さすがのクロードでも……。

 蹄沢の連中がいたらそう思ったかもしれない。


『グルオワァアァアアァァァァアアァアッ!!!!』


 魔物たちが一斉に襲いかかってきた!!

 まずはグールが駆け下りてくる。

 壁をも、軽々引き裂く爪を凶器にして。

 しかしクロードは動じず、気だるそうに呪文を唱えると、素早く力言葉を結んだ。


「リスペル」

 ――――カッ!!


 手からまばゆく放たれる、聖なる光り。

 飛びかかってくるグールと、その後ろのゾンビがまとめてその光にさらされ、


『グルガアァァアアァアァァアアァァ――――!???』


 断末魔の呻きとともに、取り憑いていた悪魔たちが一瞬にして蒸発した。


 グールは死体に戻り。

 ゾンビたちは人間に戻された。


 ――――ドサドサドサ。


「ふん……アンデッドの処理など、聖騎士としては見習いの仕事。……とはいえ威力は落ちているな、やはり」


 足元に倒れた死体を見下ろして顔をしかめる。

 あの裏切り者に共鳴して魔法が使えるようになったとはいえ、いつもの調子は出てこない。魔力が減っていることもあるだろうが、それ以上に、ジルを介しての信仰では神の恩恵も薄れるということだろう。


「……すまんな、いまは弔ってやる余裕はない」


 本当ならば六段がやっていたように、聖なる力で無に返してやるのが慰めなのだろうが、いまは無理。

 情けをかけてやれる魔力など残っていない。

 クロードは一言謝ると死体を乗り越え、倒れ伏す人間たちをも越えて進む。


「――――あん?」


 その中に見慣れた顔があって立ち止まった。


「…………お前、こんなところで何をやっている?」


 階段を埋める人の山、その中に見慣れた顔の男。

 偽島だった。

 集中治療室で治療を受けていたはずだが……ゾンビに襲われたか?

 担当看護師が付いていたはずだが、見捨てられたようだ。

 ゾンビ化は解けているが、怪我は負ったまま。

 このまま放置していたら死んでしまうかもしれない。


「まったく……世話の焼ける」


 クロードは文句をいいながらも引っ張り上げ、背中に背負った。

 背負いながら――――ヒール。

 回復呪文をかけてやった。


 わずかながら、偽島の傷が回復する。

 全快させなかったのは魔力を温存するため。


 ラスト。屋上に登ってこの病院全体にリスペルをかける。

 そうやって一気にゾンビの呪いを解かなければ、解呪したとたんに再び襲われてイタチごっこになってしまうからだ。

 その為には相応の魔力と体力がいる。

 その両方に不安をかかえたクロードは、息が安定した偽島を背負い直し、深いため気をつく。


 背中から小さく「……真子」とつぶやく声が聞こえた。

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