第252話 俺が!!

「ク……クロード、お、お前……オラクルはどうした……?」


 目を丸くしてモジョ。

 目を吊り上げたクロードが、


「放ってきたわ!! お前が見捨てると判断したんだ!! 文句は言わせんぞアルテマっ!!」


 アルテマを怒鳴りつけた。


「見捨てたってなによ!! アルテマちゃんはそんな気持ちじゃ――――」

「そうだ、その通りだ!! 私は元一を見捨てた!! 助けようとしてくれたお前には申し訳ないが!! それでも私は民の解呪を優先する!!」


 庇ってくれようとするぬか娘。

 だがそれを制し、クロードを睨みつけるアルテマ。

 しかしその言葉とは裏腹に、目は真っ赤に充血し涙をポロポロと流していた。

 それでも毅然と階段へと向き直り、駆け上がろうとする。

 だが――――、


「だからお前の仕事はそっちじゃないと言っている!!」


 ――――がっ!!

 一足飛びに追いついたクロードがアルテマの襟首を掴み、


「な!?」

「こっちだろうがっ!!」


 持ち上げ、逆の階段へと放り投げた。


 ――――ダン、ガラゴシャッ!!


「ア、アルテマちゃん!?」

「ぐっ!? ……な……何をする、クロード!ッ??」


 壁と階段の角に体中を打ちつけ、苦しみ怒るアルテマ。

 見下ろすクロードは、


「魔力供給の絶たれたオラクルはもう崩壊が始まっているはずだ。あのジジイに残された時間はもう1分もないぞ、行けアルテマ!!」


 そう叫んで安置室へと続く先を指さした。


「し、しかしそれではゾンビ化した人たちは!?」

「俺を誰だと思っている!!」

「――――!?」


 クロードは過度な魔力消費でコケてしまった頬をムリヤリ吊り上げ、気丈に笑って見せる。


「俺は聖騎士クロード・ハンネマン!! 聖王国ファスナが大貴族の次期当主になる男『民衆の救助』などという栄誉は俺にこそふさわしい!! そうだろう暗黒騎士アルテマよ!!」


 ロビーに転がる人間たち。

 彼らは気を失って動けずにいるが、すでに呪いは解け人間に戻っている。

 アルテマは彼らを見、クロードを見上げた。


「お前……魔法が……?」


 電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールが繋がったとはいえ、魔法の源である〝信仰〟までは届いていないはず。

 いままで、それでクロードも元一を治療できないでいたのだ。


「ふん、知らんな。お前らが来たとたん俺の魔法も復活した。おおかたその中にいる裏切り者と共鳴したのかもしれんな」


 ジルとクロードは特に魔法を得意とするハイエルフ族。

 一般魔法使いと違って、種族特有の信仰体系があると聞いているが、電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールと通じてそれだけは繋がったのかもしれない。

 ともかくクロードが戦力として復帰したのならば、話はまったく変わってくる。

 アルテマの覚悟も変えることができる。


『ウルグアァァアアァァァァ……』


 続々と、新たに湧き出すゾンビたち。

 クロードはアルテマの落とした鉄パイプ(聖剣)を拾い上げる。


「……ふん。裏切り者の聖気か。不愉快だが借りておいてやる」

『………………』

「クー……クロード……」


 アルテマの目から、さらに大粒の涙が落ちていった。

 それは、いままでと違う色の涙。

 それを見届けたクロードは「行けっ!!」とアルテマを一喝すると単身、屋上への階段を駆け上がる。


「――――ありがとう……!!」


 アルテマも一言そうつぶやくと、地下へ。

 元一の待つ安置室へと転がるように下りていった。





 階段を下り、地下へとたどり着く。

 するとそこにはクロードが倒した(解呪)した者だろう、無数の人が折り重なって倒れていた。

 何人かは怪我を負っていて血を流していたが、死んではいないようだった。


「こ……これ……怪我している人たちって六段さんと戦ってたってことかな?」


 おびえる、ぬか娘。

 通路の奥から呼ぶ声が聞こえてきた。


「あ、よかったでござる!! 早く来るでござる!! 元一殿が――――光が、光がもう消えそうでござるにっ!!」


 アニオタだった。

 元一が寝かされているだろう部屋の前で飛び跳ねている。


『アルテマ』

「はい、師匠!!」


 走るアルテマ。

 ジルは向こうの世界で新たな呪文を唱えていた。


「元一っ!!」


 安置室にたどり着くと、そこには変わり果てた姿で冷たく横たわる元一が。

 それを見たアルテマの心が、裂けるように悲鳴を上げた。

 元一の身体には天使の羽を模した、小さなペンダントが刺さっていて、それが例のオラクルなのだろうとすぐにわかった。

 床には血だらけになった六段が寝かされていて、飲兵衛の介抱を受けていた。


「だ、大丈夫!? 六段さん」

「ああ……なんとかな……な、情けないが、あのバカに助けられた……クソ」


 駆け寄るぬか娘に、悪態をつく六段。

 悔しがっているが怪我は酷く、クロードが動いていなければどうなっていたかわからない。


「ア……アルテマ……?」

「節子」


 元一の手を握り、涙でグチャグチャになっている節子。

 アルテマもグチャグチャな顔で抱きつく。

 と――――パキン。

 すでにヒビだらけになっていたオラクルから、さらに瓦解の音が鳴った。

 元一の身体を覆っていた青い光が小さくなり消えかかっている。

 魂を繋ぎ止める紐が切れはじめたのだ。


「師匠……!!」

『はい、アルテマ〝覚悟〟はできてますか』

「無論です」


 即に答えるアルテマ。

 ジルも、余計な時間は残されていないと、すぐさま結びの力言葉を神に捧げた。


『神の奇跡を、この徒に!! ――――リ・フォース!!!!』

 

 アルテマは元一の手を握り、祈るように胸へと抱え込む。


 途切れそうな命の光。

 消えさせてなるものか。 

 

 アルテマの小さな体。

 それを引き裂くような激痛が全身を襲った。

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