第247話 質より量

「ぐうぅぅっ……!!」


 激痛に顔をゆがめ、ガクリと膝をつく六段。

 腕から流れ出る大量の血とともに、体力もどんどん流れている。


「ろ、六段殿、だ、だ、だ、大丈夫でござるか!?」

「こりゃひどい……と、とにかく止血を、あと誰か救急車をお願いします!!」


 グールが倒されたと見るやいなや、アニオタとヨウツベの二人は勇ましく結界の外へ飛び出し、六段の救助に向かう。

 それを白けた目で見ながら飲兵衛が、


「……ここは病院やし、ワシも医者(元)やで?」


 お前らなぁ……と、呆れて二人を押しのけた。


「とりあえず根元を縛って出血を止めようか、ほんで救急に――――」


 切ったシーツで脇を締め付けながら応急処置をする飲兵衛。

 治療を依頼するべく、受付へ連れて行こうとするが……。


「……なあ、化け物って……コレ一体で終わりやと思うか?」


 聖気にやられ、砂と化したグールを嫌な目で見下ろした。

 訊かれたヨウツベは「あ……」という顔をして青ざめる。

 さっきのアナウンス。

 きっと上も地下ここと同じく、アンデッドが発生したということ。

 クロードの予想通り、もしかしたら既に地上は占領されているかもしれない。


「……どうする?」


 飲兵衛の冷や汗に、ヨウツベも同じく冷や汗を流して、


「いや……どうするもこうするも……。た、戦うなんてことは僕たちには無理ですよ。な、なあアニオタ??」

「む、無論でござる。こ、ここは一つ籠城して助けを……」

「……いや、そんなことをしている暇はないようだぞ……?」


 痛みに体を震わせ、それでも周囲の気配に集中する六段。

 彼の見つめる視線の先――――破れたドアのそのまた向こうに地上へのエレベーターと、奥に階段があるはずの鉄扉があった。

 エレベーターの表示は一階から、この地下へと移ったところ。


 ――――キン。


 短いチャイムが鳴る。

 音もなくスライド扉が開かれた。

 中からは――――、


『グ……グロォォォォォ……』

「ひ、ひやぁああぁぁぁぁぁああぁぁっ!???」


 やはり現れたアンデッド。

 震え上がるヨウツベたち。

 降りてきたのは一体の動く死体。

 しかしグールよりもさらに血色が悪く、肉も垂れ下がり、動きが鈍かった。


「――――その気配はゾンビだな」


 霊安室の中からクロードの声。


「ゾ、ゾンビやて!? ほならいまのヤツよりはマシなやつなんか?」

「ああ、弱いな。少しでも鮮度が落ちてしまった死体はゾンビにしかならない。力は強いが動きが鈍い。火にも弱いからグールと比べるとザコ同然だ」

「……な、なんやそうやったんか、ほなら六段いけるか??」

「ああ……問題ない」


 腕は死ぬほど痛いが、あとでクロードにヒールをかせさせればいい。

 死にさえしなければいいという条件なら、まだまだ戦える。


「が、頑張ってくだされ六段殿!!」

「ぶ、武勇伝はしっかりと記録しておきますので!!」


 調子良く後ろへさがる二人に、冷ややかな目の飲兵衛。

 しかし、拳士にとって武勇とは命の次に魅力的なもの。

 六段は「まかせておけ」と親指を立てると、ゆっくりゾンビへと向かっていく。

 ズルズルと足を引きずり、意識なくこちらへ進んでくるゾンビは、まるで糸の緩んだ操り人形。

 さっきのグールとは打って変わった木偶デクぼうに、拍子抜けしながらも余裕の笑みを浮かべる六段。

 力は強いと言ったが、そんな動きでは組み付かれでもしなければ脅威ではない。


『ぐるおぉぉぉぉわぁぁ……』

「すまんな。成仏してくれ」


 のっそりと掴みかかってこようとする、名も知らぬゾンビ。

 それでも生きていた過去に敬意を払い、一言、謝罪する。

 そしてホーリークロウの右腕を振り上げたとき、


 ――――どごん。


 鉄扉から、鈍い音がした。


「……!?」


 ――――どごん、どごん。

 ――――どごん、どごん。どごん、どごん。

 その音は、徐々に増えていき。


「お……おい……ま、まさか……」


 嫌な予感に、汗を一つ落とす六段。

 ヨウツベたちも同じ想像をしたのか、額から血の気を引かせた。

 クロードが語る。


「ゾンビは――――」


 ――――どごん、どごん。どごん、どごん、どごん、どごん、どごん、どごん。

 ――――どごん、どごん。どごん、どごん、どごん、どごん、どごん、ごん、どごん。どごん、どごん、どごん、どごん。どごん、ごん、どごん、どごん!!!!

 

 拳の形に盛り上がる扉の鉄板。

 その歪みが無数に増えると――――バギンッ!!!!

 ロックの壊れる音が。


「動きが鈍いぶん、集団で敵を追い詰める習性がある。〝一体見つけたら三十体はいると思え〟……聖王国に伝わる戦陣訓だ」


 ――――ドゴォオオォォォォォォンッ――――バッギャンッ!!!!

「「「げっ!??」」」


 形が歪められ、吹き飛ばされる鉄扉!!


『『『『『『ぐるおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……』』』』』』


 訓戒通りのゾンビ集団が、階段の斜面に押し流されるように溢れ出てきた。

 のそのそ……ズルズルと、ヘドロのように廊下に転がる。

 その数――――見えるだけでも数十体。


「……おい、これ……ワシ死ぬかもしれんぞ?」


 六段のつぶやきに、応えられる余裕のある者は――――誰もいなかった。

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