第246話 ケンカは場数だ。

 ――――ドガンッ!! ドゴドゴドゴドゴドゴォォンッ!!!!

 ドバギャギャギャギャンッ!!!!


 グールの拳がいくつもの残像を作り、六段に襲いかかる。

 六段はその全てを、壊れた左腕を盾にして受け流していた。


「うぬぅっ!!??」


 腕の骨はとうにグシャグシャに砕け、肉も避け、血が吹き出している。

 気が遠くなるほどの激痛が走るが、コレを犠牲に立ち回らなければ他の部位が破壊されてしまう。

 グールの攻撃はそれほどまでに重く、速かった。


「お、お、お、おかしいでござる!! グ、グ、グールと言えばゾンビの兄弟みたいなもの。ちょっと新鮮なだけで動きは鈍いはずでは!??」


 脂ぎった顔面からさらに油を噴出させ狼狽ろうばいするアニオタ。


「いや、グールの定義は様々でゾンビの一種と考えられるものもあれば、吸血鬼の仲間と解釈される場合もある!! 共通するのはものすごく凶暴で人の血と肉が好物だということだよ!!」


 冷静にスマホをピコピコ、ヨウツベが回答する。

 そこに飲兵衛が、


「お前ら二人揃って縮こまっとらんと、加勢にでもいったらどうやっ!??」


 なんて怒鳴ってくる。

 が、二人は無理無理無理無理と真っ青になって激しく首を振った。


「どぉれ、それじゃあわたしが一発デカイのを落として――――ごにょごにょ……」


 占いさんがその気になって、陰陽術的な呪文を唱え始めるが、


「あかんわ!! そんなもん病院内で炸裂させてみい、大惨事じゃ済まされへんで!???」


 かつてのクロード戦での広範囲雷撃さんげきを思い出し、こちらも真っ青になる飲兵衛。

 ついでにクロードも青くなった。


 戦いは六段があきらかに劣勢。

 力、素早さ、耐久力。すべてグールが勝っていたからだ。


 唯一、六段が勝っていたのは経験値。


 これまで子供時代のケンカもふくめ、数えきれないほどの荒場を踏み抜いてきたその泥臭い経験だけで渡り合っている。

 ためらわず腕を犠牲にできたのも、相手が格上だと経験が教えてくれたからだ。


 拳は極力受け止めず、流す。

 足を意識し、動きを予測する。

 膝を上手く使い、間合いを支配する。

 すべての経験と技と小細工を総動員し、化け物の相手をしていた。


 それでも戦闘力の差は歴然。

 ジリジリ、ジリジリとダメージは蓄積されて、しだいに動きと反応が鈍くなってくる。

 そしてとうとう――――、 


 ――――ブチィッ!!


「ぐぅっ!?」

『グルゥウゥワァッ!!!!』


 肉が食いちぎられた!!

 左前腕に歯型の凹みができ、骨が突き出し、血が舞った。


「――――六段さんっ!!」


 ヨウツベが悲鳴をあげる!!

 苦痛にゆがむ六段の顔。

 しかし――――、


『グルオォォワァッ!!??』


 怯んだのはむしろグールのほうだった。


「「「っ!??」」」


 なにが起こったか、わからないヨウツベたち。

 肉を飲み込んだグールは、身体から激しい湯気を吹き出し、もがき苦しむ。


「バカが、ひねたジジイの肉なんぞ美味くはないだろう!?」


 ――――バキィッ!!!!


 そこに間髪入れず薙ぎ払われた、後ろ回し蹴り!!

 痛みに汗を湧き上がらせながらも、してやったりと六段が笑う。

 そんな腕の、食いちぎられた断面は青白く、聖なる加護の輝きが点っていた。


「そ、そうか、ホーリークロウの加護!?」

「ああ、そういうことだ!!」


 装備するホーリークロウは聖なる加護を有している。

 そしてそれは本体だけに留まらず、装備者の身体全部を加護で護ってくれている。

 その肉をアンデッドが飲み込んだらどうなるか。

 ――――ドガァンッ!!!!

 廊下まで吹き飛び、壁に激しく打ち付けられるグール。


『グ、グガァアアァァアァアァッ!!!!』


 痛覚など機能していないはずの化け物が、のたうち回り、喉を掻きむしる。

 六段はそんなグールの腹を――――ドズンッ!! 

 足で踏みつけ、動きを止めてやる。


 ――――チリ……チリチリチリ……。


「手間ぁ……かけさせおって」


 青く血の気のない肉が、足裏の聖気に焼かれ、ただれていく。

 純粋な霊体である悪魔ならば、もっとはるかに効果はあったが、肉体を持った魔物となるとそれも通りづらかった。

 一瞬、一瞬の打撃攻防では効果が薄かったのだ。

 短い戦闘の中でその性質を読んだ六段は、もっと深く直接的に聖気をぶち込む必要かあると考え――――肉を食わせてやった。


「毒は好物にこそ潜ませておくもんだ。……力はあっても――――それだけじゃ戦いには勝てんよ。若いの?」

『ぐ……グアがぁアアああぁァァがぁアあアァッ!!!!』


 もがき、開けられた口の中に、


「ついでだ、こいつも飲んどけ」


 ――――ぼたぼたぼたぼた――――じゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!

 腕から流れ落ちる、聖気を含んだ鮮血。

 トドメとばかりに流し込んでやった。


『グボアグルぼあらあがらばぁぁゴルビョルアぼがあるあっ!!???』


 押し込まれた濃い聖気に、グールはたまらず海老反り、痙攣する。

 そして身体の端から徐々に――――サラサラサラサラ……。

 細胞が砂のように砕け、やがて――――ぐしゃ――――。


 流された砂山のように崩れてしまった。

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