第236話 そんなんじゃねぇし

「……これは……」


 病院の待合室にて。

 窓から外を眺め、一人缶コーヒーを飲んでいたクロード。

 ふと感じた不愉快な気配に村の方向を見てみると、


 ――――フォンッ――――。


 一面の空が暗転し、緑の光が天を染めた。

 そしてそれが大きく、地鳴りをともなって迫ってくる。

 裏切り者の気配を感じたクロードは、


「……ふん、やはり来たか」


 残りをあおって缶をゴミ箱へと投げ入れる。

 元一の魂を留めたオラクルはまだ効果を保っているが、その結界は徐々に薄くなってきていた。





 ――――ビリビリビリビリ――――ッ!!


 輝きを残したままの通信ケーブル。

 それが果てしなく彼方まで続き、輝く格子となって頭上をおおっている。

 大規模召喚術の迫力に腰を抜かしてしまったモジョは、それを見上げて呆然と口を開けていた。


『大丈夫ですかアルテマ?』


 膝をついてしまっているアルテマ。

 その頭にジルの声が聞こえてくる。


「はい、大丈夫です……これしき……!!」

「アルテマちゃん、顔が真っ青だよ!?」


 ぬか娘が心配して駆け寄ってくる。

 ジルの召喚魔法は想像以上に精神への負担が大きかった。

 この幼い身体で師匠の大魔術をこなすのは……覚悟をしていたことだが、やはりかなり厳しい。

 しかしいまは自分のことなどどうでもいい。

 アルテマは痛む全身にムチを打ち、立ち上がった。


「も……問題ない……それよりも早く……病院へ、元一の元に連れて行ってくれ」

「……う、うんわかった。村長!!」

「…………………………………………」

「村長っ!?」


 ぬか娘が呼ぶが、誠司も放心していて返事がない。


「村っ長ーーーーっ!!!!」

「は!? は、はい??」


 強めの呼び声にようやく気づき、慌てふためく。

 ぬか娘は車にアルテマを乗せながらモジョにも怒鳴る。


「ほらみんな!! 驚いてる場合じゃないから!! はやくアルテマちゃんとジルさんをゲンさんの所に連れてかなきゃ!! 村長は運転して!!!!」

「あ……ああそうだな」

「は、は、はい、わかりました!!」


 誠司がエンジンをかけると助手席にはぬか娘が座り、モジョはアルテマとともに後部座席に座った。


「全速力でお願いします!! 法定速度とかは完全無視で!!」

「わかってますけど限度はあります!! 私にも村長としての立場があるんで!!」

「六段さんに言いつけるから!!」

「わっっっっっっっっかりましたよっ!!」


 その言葉一発で覚悟を決めた誠司は、アクセルを底まで踏み込む。

 

 ――――ギャキキキキッ!!!!


 車はホイルスピンし、お尻を振りながら急発進した。

 たしかにいまは自分の立場とか、社会のルールとか言っている場合ではない。

 そんなものはとうに超越した事件の中にいるのだ。

 いまは何を捨ててでも、元一を生かさなければならない。


 そうしないと、全てが丸く収まらない気がした。





 ――――バシャバシャッ!!!!


 オービスにシャッターを切られるのも関係なく、誠司は車をかっ飛ばした。

 311号線を東に。

 カーブで膨らみ、対向車にクラクションを鳴らされるが、お構いなしに走った。

 頭上に光る通信ケーブルを見上げてモジョが不安げにつぶやく。


「……これ、光ったままだけれど……大丈夫なのか? なんかさっきまでのゴーレムと様子が違うが……」


 ケーブルはそのほとんどが緑に光っているだけで、元の場所のゴーレムのようにゴツゴツとした感じもなければ、動く気配もない。


「このままだと目立ってしょうがない。すぐにでも騒ぎになるぞ? ……いやもうなってるか……?」


 流れる景色の中で、街の人たちがみな上を見上げ、指をさしたり動画を撮ったりし大騒ぎしている。

 そりゃ半径30キロのケーブルが全て不気味に発光しているのだ。そうなるわな、と頭をかかえるモジョ。


「こここ、これは。ささささっきまでのアイアンゴーレムとはチガウ、レレレレレッサーゴーレムだからな。せせせ精霊の光がそそそそのままののの残っているのは。ししししししし仕方のないことだととととととととととととととととと」

「――――はぁ?」


 ようすのおかしいアルテマに不審な目を向けるモジョ。

 彼女はシートベルトを力いっぱい握りしめ、強張った顔でガクガクブルブル震えていた。


「……ど、どうした!? まさかまだ疲労の影響が残っているのか!?」

「い、いいいいや、そそそそうじゃない……たたたたたただ、こここここのくくくくくくく車とかいう乗り物は、はははははははははは初めてだから、なななななな慣れていなくて……」

「は? ……あ、そうか。自動車に乗るのは初めてだよな。 怖いのか!?」


 言われて気がついたモジョ。

 しかしアルテマは強張った顔のまま首を振る。


「いいいいい~~や? こここ怖くないケド? このくらいの速さワイバーンとか砂漠ムカデとか余裕で出るし。わわわ私、のののの乗ったことあるし、ここここここ怖くないし、はぁ!?はぁ!?はぁ!?? たたたたたただ、こんな鉄の塊が剛弓みたいに進むとか理解できないだけだし!! ここここ怖くないし、はぁ!?はぁ!?はぁ!??」


 ……こいつ、動画で昔の〝は◯にゃ〟見たな。

 全然大丈夫そうじゃないアルテマをジト目で見て、しかしいまは我慢してもらうしかないと肩を抱いてやるモジョ。

 彼女の薄い胸に顔を埋めながらまだアルテマは、


「ちげーし、そんなんじゃねぇし、ちょっと武者震ってるだけだし……」


 つぶやきつつ、元一を想い、ひたすら恐怖に耐えるのだった。

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