第235話 片翼の魔女

「……オラ……クル?」


 その名前、聞いたことがある。

 たしか……聖王国の上級騎士である証と同時に、悪魔から肉体を守る魔除けでもあったはずだ。

 それを胸に刺された死者は、しばらく魔物に憑依されない。

 本来、抜け出ていくはずの魂を肉体にとどめておく効果があるらしいのだが、それは同時に蘇生魔法〝リ・フォース〟の成功率も格段にはね上げる。

 ただ大変希少な存在で、聖王国の中でもごく限られた者にしか授与されていないと噂されている特級魔法具のはずである。


「そ、そんな貴重なものをアイツバカが持って……いや、元一に使ってくれたと言うのか……?」


 オラクルの別名は〝もう一つの命〟

 それを他人に使ってしまうということは、いざというときの、自らの復活チャンスを譲ってしまうということ。そんな無謀な行為を、敵であるはずの私たちのために、あの男が行ったなど……。

 信じられないと戸惑うアルテマに、ジルが信号を送ってくる。


『あの男も聖騎士。……尊敬に値すると認めたのでしょう。あの男はバカですけれど他人を認め、聖騎士としての誇りを忘れぬ強者です。バカですけれど』

「……たった一度しか使えぬはずの魔法具を……。それでこのあいだの借りでも返したつもりなのか……?」

『そんな軽いものではありませんよアルテマ。さ、詮索は後にしてはやく事を進めましょう。オラクルの効果には時間制限があります』


 そう踊り、なにかの呪文を唱え始めるジル。

 滅私奉公ゴートスケープの準備に入ったようだ。


「は……はい!!」


 そんなジルのようすを見て、アルテマも受け入れ体勢を整える。

 とはいえアルテマ自身、これを使われるのは数十年ぶり。

 小さい頃、魔法修行の一つとしてやってもらったきりである。


「たしか……心を落ち着け、魔法抵抗力を極力下げて身体をリラックスさせて……」


 オタオタと、昔の記憶を探っているうちに、


 ――――滅私奉公ゴートスケープ


 頭の中にジルの声が響き渡った。

 精神になにか、むずがゆいものを感じる。

 それはジルの意識がアルテマの魔力を掌握した証。

「あ……」

 この瞬間、アルテマの魔法執行権はジルに譲渡された。

 頭の中でジルが指示を出してくる。


『これより、ゴーレムの召喚を上書きします。元一様がおられる救護所までの距離を教えてください』

「た、たしか……ここから東に30キロ……早馬で一時間ほどの距離です」

『……わかりました。では、そこまでのゴーレム化いたしましょう。……覚悟はいいですか?』

「え? ……す、すべて?」


 半径30キロ分の通信ケーブルを

 それってかなり範囲が広いんじゃ……?


「ちょ……ちょっとまってください!! おいモジョ、ここら一帯見渡す限りのケーブルをゴーレム化なんかして大丈夫――――!??」


 モジョに相談しようとするアルテマだったが、ジルはお構いなく魔法を唱え始めた。


『地の獄に蠢く土の精霊よ、いまこの精を贄に目覚めよ。司りし従属を従え、我の願いに奉ずることを命ずる――――いでよ、ゴーレム!!』


 同時にアルテマの身体が緑に輝き出す。

 身体の中の魔力がゴッソリと抜けていくのを感じる。

 緑の輝きが手を通じ携帯へと渡っていく。

 そして次の瞬間――――、


 ――――カッ!!!!


 光が爆発したかと思うと、


 カッガカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカンッ!!!!


 緑の稲妻が、辺り一面の空に走り渡った!!

 轟音が地面を揺らす。

 稲妻は電柱から通信ケーブルへと移り走り、光に包まれたケーブルは緑に光る蜘蛛の巣となって見渡す限りの地域を包み込んだ。


「ぬおぉっ!??」

「きゃあぁぁああぁぁぁっ!??」


 モジョとぬか娘が抱き合って、身体を支え合う。

 一度見たことがあるゴーレム召喚だが、今度のは規模も迫力も段違い。

 まるで巨大な爆弾でも落とされたように、周囲が光に包まれている。


 ――――これがジルの本気の魔法?


 いや、これはまだアルテマの魔力を借りた代用品。

 そのアルテマも幼女化していて本来の実力には程遠いという。


 ――――この師弟、本当はどれほど強いんだ?

 迫力に圧倒されながら、モジョはそんなことを考える。


 誠司も腰を抜かしてひっくり返っていた。

 そうしながらも、これだけの術を使える存在ならば、アマテラスの秘術も本当に使えてしまうのかもしれないと身震いしていた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


 やがて稲妻が止み、地響きも徐々に収まっていった。

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