第211話 窮鼠猫を噛む④

「……なん……だと?」


 魔力を使い果たし、急激に薄れていく意識の中でアルテマは難陀なんだを見上げる。

 その目は怒りと悔しさと間抜けさを混同させていた。


 たしかに……その通りだったから。


 そもそもが開門揖盗デモン・ザ・ホールを封じられたのが因縁の始まり。

 開門揖盗デモン・ザ・ホールも魔法。

 だたその元となる魔神が、他と比べて桁違いに大きかったから、初めに通らなくなっただけ。

 龍脈の門をすべて閉じられてしまったら、他の魔法も使えなくなるのは想像すればわかったはずだ。

 その加減を握っている存在に歯向かうと言うのは、つまりこうなるということだ。


『……ヌシの攻撃……初めて食らってやったが。ふん、思ったほどではなかったな』


 少し残念そうに唸る難陀なんだ

 そして戦慄に震え、固まっているアルテマに向かって尻尾をふるう。

 ――――バキッ!!


「ぐぁっ!?」


 額をはたかれたアルテマ。

 軽い一撃にもかかわらず後方に激しく回転し、吹き飛ばされた。


「アルテマちゃん!?」


 ヨウツベの肩を担ぎ、ぬか娘が駆け寄っていく。

 アルテマは元一が消された、えぐられた土砂の中に滑り落ちた。


「ぐぐ……うぅ」


 額から血を流し、揺れる景色を振り払うアルテマ。

 土砂を握りしめ起き上がろうとする。

 その指に、ちょんと温かいものが触れた。


「……?」


 見るとそれは人の指。

 アルテマはハッとして回りの土を掻き出す。


「げ……元一っ!??」


 そこには元一の左腕が埋まっていた。

 その先の胴体も形を保っていて、血だらけではあるが呼吸も感じられた。

 アルテマは難陀なんだを振り返った。

 すると神龍はモヤモヤと霧状になって、いまにも消えようとしている。


『黄泉に送る価値はないと言ったはずだ……しかし見逃してやるのは今回だけよ……次、我に楯突くようであればヒネた雄であろうと食ってくれるぞ。……それでも止めると言うのならば、相応の覚悟をもって挑んでまいれ。異世界の戦士よ、貴様の持つ〝鬼〟の力……その程度ではないはずだ……』


 威圧的にそれだけ言うと難陀なんだは石の祠へと帰っていった。

 石祠はいったん宙に浮き、そして元の形へと戻っていった。

 そのようすを不思議に見つめるアルテマ。


「ア、アルテマちゃん!! こ、こっち!! こっちにも埋まってるよ!!」


 ぬか娘が偽島の足を見つける。

 アルテマはすべての思いを一旦捨てて、落ちそうな精神に鞭打ちながら、一心に土を掘りはじめた。





 ぬか娘からの携帯連絡を受け、偵察組の壊滅を知らされたモジョ。

 大慌てで他のメンバーや偽島組員に知らせると、作業はいったん中断され救助隊が組織された。


 担架でふもとまで下ろされたアルテマたち。

 アルテマは額に裂傷。

 ヨウツベは強い打撲と、肋骨を折られていたが、意識はあった。


 酷いのは元一と偽島だった。

 二人共、難陀なんだの咆哮にさらされて、殺さない程度に加減はされていたようだが、それでも全身の骨は砕け、内臓も所々潰されていた。

 本当に、即死は許してもらっただけで、いつ事切れてもおかしくない状態。

 すぐさまクロードにヒールを頼んだが、昼間連射したせいで、いくら唱えても欠片も出てこなかった。

 急いで街の病院へ救急車を走らせた。


 クロードの回復は明日の朝。

 それまでなんとか死なないで欲しいと、アルテマは泣きじゃくり、見送った。





「……アルテマよ……お前さんも疲れとるんやろ? 心配なのはわかるけども、もう休んだらどうや」


 飲兵衛がアルコール抜きの甘酒を持ってきてくれた。

 元一、偽島、そしてヨウツベの三人は病院に送ったが、アルテマだけは集落に残り飲兵衛の治療を受けていた。

 本当は何が何でも元一の側にいたかったが、集落から出ないという約束がある。

 破ってしまったら、きずなも切れてしまいそうな気がして、行けなかった。

 三人には、節子と占いさん、六段とアニオタがついていった。

 少しでも早く回復呪文をかけられるようにと現場監督に担がれてクロードも連れて行かれた。

 だからアルテマはぬか娘とともに飲兵衛の家で休ませてもらっている。


「……ああ……」


 泣き腫らした目を赤くして、甘酒を見つめるアルテマ。

 その目は悲しみというよりは怒り……いや――――復讐の目をしていた。

 ぬか娘は心配を紛らわそうと日本酒を飲んで寝てしまっている。


「……あかんぞ?」


 アルテマの考えを見透かして飲兵衛が睨んできた。

 感情にまかせて無謀な行動に出るなとたしなめているのだが、アルテマもそこは歴戦の戦士。よくわきまえている。


 難陀なんだの言った最後の言葉。


『貴様の持つ〝鬼〟の力……その程度ではないはずだ……』


 まるで誘っているようだった。

 アルテマは我慢し難い怒りの中、それでも冷静に考える。

 ヤツがその気になれば……元一はおろか。その場にいた全員を消すことなど、造作もなかったはずだ。

 それほどまでに圧倒的な戦力差があった。

 しかしそれをせず、あえて甚振いたるような真似をしたのはなぜ?


 私を挑発したのはなぜ?


 もし……もしも娯楽のために私を怒らせようとしただけならば……。


「わかっている。私とて帝国騎士……刹那の感情では動かんよ。しかしこのまま黙っているのもまた暗黒騎士の名に泥を塗る。……あの神龍は始末する。もはや話し合いのステージは終わった」


 虚空を睨むアルテマの顔は、紛れもなく闇の戦士になっていた。

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