第210話 窮鼠猫を噛む③

 ――――ド―――――――――――――――――――――――――――ゴォッッォォォォオオォォォォォッォォォォッォォォォォオォォォオォォンッ!!!!


『ぐぅおぉおぉおおぉっ!??』


 口の中で炸裂する黒炎竜刃アモンの轟火。

 難陀なんだの顎は強制的に押し返され、骨の根本がビキビキと悲鳴をあげた。

 ぬか娘も爆発で吹き飛ばされるが、頭を噛み砕かれるよりは全然マシ。

 地面にこすられ背中を擦り剥くが、


「アルテマちゃん、ありがとう!!」


 衝撃で支配が解けたのか、自由になった身体をよじりながら起き上がった。

 のけぞった難陀なんだはその大きな口から煙りを上げて天を仰いでいる。

 アルテマは振り向かずワナワナと肩を震わせ、ぬか娘に言った。


「ヨウツベを連れて……いますぐ……逃げてくれ」

「!? ……う、うん……でも、アルテマちゃんは!? 一緒に逃げるでしょ!?」

「……無理……だ……」


 そう応えるアルテマの身体からは、メラメラと黒いオーラが湧き上がってくる。

 ハチマキがほどけ、隠した角がむき出しになる。

 それがメキメキと音を立てて、大きく伸びてきた。


「アル……テマちゃん??」


 ぬか娘はそんなアルテマの背中にただならぬ悪魔の気配を感じゾッとする。

 しかしわずかに振り返ったアルテマの頬には、キラキラと光る涙が。


「げ……元一が……こ、殺されて……しまった……」


 悲痛な声を聞いて、ぬか娘は痛々しく背後を振り返る。

 大きくえぐれた地面には、元一と偽島の姿は跡形もない。

 血の跡すらもなく、まるで存在そのものが消されてしまったよう。

 まさかいきなりこんな悲劇が起ころうとは……ぬか娘は麻痺してしまった現実感の中、呆然と肩を落とした。


「げ……元一は……この世に飛ばされた私を……無償で助けてくれた。手当をし、食事をくれ……なにより、あたたかく迎えてくれた。私を娘と呼び……まるで親のように接してくれて……そ、それが……ひとり異世界へ落とされた私にとって……どんなに頼もしく、嬉しかったことか……」


 ボトボトと、涙が地面を濃く染める。

 難陀なんだは煙を吐き出すと、さしてダメージを受けていないのか、余裕な仕草でアルテマをあらためて見下ろした。

 その大きな目を、赤く覚醒した〝鬼〟の目で見返すアルテマ。


「……お前はゆるさん……。たとえ……この身が砕け、刺し違えても……」

『……ほう? 鬼風情が……神龍たる我に、一矢でも報いれると思うのか?』


 ニタリと口を開け笑う難陀なんだ

 その口内はまるで傷ついてなく、火傷の跡すらない。

 それでもアルテマは叫んだ。心の底から。


「我が名は暗黒騎士『アルテマ』!! 私の魔力!! 体力!! すべてを貴様に与えてやる!! 憑依しろ魔神アルハラム!!!!」


 天に突き抜ける声と同時に、

 ――――ドゴォォォォオオォォォォォオォンッ!!!!

 黒い雷がアルテマに直撃した。

 衝撃が輪となって周囲の石草を吹き飛ばす。


『……ほお? それは異世界の魔神か?』


 ――――魔神アルハラム。

 アルテマの持つ武器強化系魔法『魔呪浸刀レリクス』を司る異世界の悪魔。


 アルテマは己の全魔力をそれに捧げ、自分に憑依させた。

 黒い雷はそのまま彼女の身体に留まると、炎へと形を変え包み込む。

 全身を炎の塊としたアルテマは、その身全てを魔剣とした。

 そして――――、


「貴様は親の仇だ、覚悟しろ!!!! 難陀なんだぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁっ!!!!」


 怒りの火の玉と化し、竹刀を振りかぶって難陀なんだに飛びかかったっ!!


『……どれ?』


 それを難陀なんだは避けずに受け止める。


 ――――ドギャアァアアァァァァンッ!!!!


『――――ぐぅ!??』


 突き出された魔剣しないは通常の数倍――いや、それ以上の威力をもって難陀なんだの長い腹に突き刺さった!!

 根元まで刺さった魔剣はその内部も加護の炎で焼き尽くす。


『ぬ……ぐおぉぉぉぉ!??』


 苦しげに呻く難陀なんだ

 しかしアルテマの攻撃は終わらない。


「――――私はっ!!」


 ドゴォンッ!!!!

 小さな拳が魔拳となり、身をえぐる。


「――――ここで終わろうが!!」


 ドゴォンッ!!!!

 小さな足が魔蹴ましゅうとなり、骨を穿つ。


「――――お前だけは必ず!!」


 バリバリバリバリッ!!!!

 両手に黒炎竜刃アモンの炎を生み出した。


「――――こここで消滅――――!!??」


『――――だいたいわかった』


 トドメにと生み出した全力・最高出力の黒炎竜刃アモン

 ――――フッ。

 だがそれは難陀なんだのささやき声ひとつで霧と消されてしまった。


「――――ぐっ!? なっ!??」


 両手を見つめ唖然とするアルテマ。

 魔剣を刺され、身をえぐられ、血だらけになった難陀なんだ

 しかしその有様とは裏腹に、まるで落ち着いたようすでアルテマを見下ろす。


 そして――――ぬぐぐぐぐぐ……ぶしゅ――――カシャン。


 刺さった剣を筋力で押し返し、吐き出した。


 しゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。


 えぐられた胴体も不思議な力でみるみると修復されていく。

 アルテマは、そうはさせないと再び向かっていくが、


『無理だな』


 ――――ぺち。


 当たった拳は、情けない音を立てて皮膚に止められてしまった。


「…………あ……れ?」


 気がつくと、黒炎竜刃アモンの炎だけじゃない。

 憑依させた魔神アルハラムさえもいつのまにか消されていた。

 難陀なんだは笑う。


『……忘れたかアルテマよ。ヌシの魔法は異世界の力。その力は、我が司る龍脈を伝ってもたらされる。その気にさえなれば。その力、止めるも流すも我の自由よ』

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