第207話 残酷な跡

「……ここが……その祠か……」


 ぜいぜいと、息を切らしながら偽島がつぶやく。

 木漏れ陽に照らされたその場所は、元は猫の額のように狭い場所だったのだろうが、いまは周囲の木々がなぎ倒されて、いびつに広がっていた。


難陀なんだが吠えた後だ。気をつけろ、あいつはその祠の中にいるぞ」


 不気味なほど静かな祠。

 アルテマは、みなが不用意に近づかないよう手を横に広げる。

 ヨウツベがカメラを回しながら生唾をゴクリと飲み込んだ。


「……こ、この破壊を……そ、その龍がやったというのですか?」


 大きく弧を描くよう削られた森林と地面。

 なぎ倒されたというよりも森の中にトンネルを開通させたと言っていいその有様に、一撃の破壊力を想像し震え上がった。


 ……これは……戦車砲どころか旧型戦艦の主砲に匹敵するのでは?

 よくこんな攻撃を食らって生きていたなあのバカクロードは。


「真子!! いるか真子!!」


 そんな状況を恐れもせずに偽島は子の名前を呼ぶ。

 しかし、声は虚しく森へと溶けていくばかり。

 アルテマと元一は注意深く祠を監視していたが、反応する気配はない。


 ……眠っているのか?


 ――――婬眼フェアリーズ

 探索魔法でようすを探ってみる。

 しかし帰ってきた返事は、


『解析不能。魔力が吸われて返ってこないよ☆』


 そうだった……あの祠は魔素を吸収する。

 魔法力の跳ね返りを解析して情報を得る婬眼フェアリーズは、それがなければ役に立たない。

 しかし以前、元一とここに来たときはまだ使えたはずだ。

 なのにいま使えなくなっているということは、それだけ龍穴の穴が広がり、流れが強くなっているということだろうか?


「どうしたんじゃアルテマ?」


 神妙な顔をしているアルテマに、元一が心配そうな顔をする。


「……いや、どうも……以前よりも魔素吸収が激しくなっているみたいだ」

「なんじゃと!? ……たしか吸われ続けると命すら落としかねんという話じゃったな? まずいのぅ……これじゃ近づくことすらできん」


 その会話を聞いた偽島はぎょっとして、


「命!? そ、それはどういうことです!?」

「あの祠は〝魔素〟という人の精神エネルギーに値するものを吸収し続けておるらしいんじゃ。それを吸い続けられると人間は衰弱して……」

「ゲ……ゲンさん、アレっ!!」


 説明の途中でヨウツベが声を張り上げた。

 周囲のようすを撮影していた彼は、とある木の枝の一点を指さしていた。

 祠のすぐ側にある樹木。

 そこの葉の間に、小さな布の破片が引っかかっていた。

 それを見た偽島が、血相を変えて走っていく。


「まて!! 不用意に動くな、危険だ!!」


 アルテマが止める。

 しかし偽島は言うことを聞かない。

 その布の元へと走り、手にすると、呆然とそれを見下ろした。


「……真子……」


 それは荒く引き裂かれた衣服の生地。

 娘のパジャマの切れ端だった。

 偽島の身体から、光の玉が帯となって祠に吸収されていく。

 その流れは、やはり以前よりも遥かに強くなっている。


「だめじゃ、下がれ!! 下がるんじゃ偽島!!」


 元一が怒鳴るが。

 切れ端を握りしめた偽島は、そんなことはお構いなしに怒りに震えると、


「てめぇっ!!!!」


 ――――ドガァッ!!!!

 爆発した怒りのままに龍穴の祠を蹴り飛ばした!!


「!?」

「!??」

「!???」


 その行動に背筋を凍らせる三人。

 せっかく眠ってくれている神龍を、わざわざ起こしてどうするのか!?


 気持ちはわかるが、相手が悪すぎる。それをやめろと言ったのだ!!


 しかし難陀なんだの怖さを知らぬ偽島は、

 ――――ドカッ!! ドカァッ!!!!

 さらに二度三度と蹴り飛ばし、石の屋根を両手にかかえると、


「うぬぅぅぅぅぅぅぅぅがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ――――ごしゃあっ!!

 全力でそれを引っ剥がし、地面に叩きつけてしまった。


「やめろ、やめるんじゃ!! そんなことをしたら――――目覚めてしまうじゃろうが!!」


 偽島に飛びつき羽交い締めにする元一。

 しかしその腕を無理やり振りほどいて怒鳴り返す。


「止めんじゃねぇ!! 見ろコレを!! 娘の服の切れ端だ!! これが千切れてこの場所にあるってことは……あるってことは――――うわぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁっ!!!!」


 最悪の事態を悟って、絶叫する偽島。

 難陀なんだとやらの龍が、生贄をどうやって食うかなど聞いてはいないし想像もしたくなかったが、残された切れ端が、娘の身に起こった無惨な現実を無情に語っていた。

 涙と鼻水を撒き散らし、怒りに狂った偽島はさらに祠を蹴り飛ばし、ひっくり返し、中身をぶちまける。

 転がり出た丸い玉に向かって拳銃を構えると、


 ――――ガンガンガンガンッ!!!!


 がむしゃらに引き金を引きまくった。

 そして、


「はぁ……はぁはぁ……はぁ……」


 全弾打ち尽くすと息が上がり、

 ――――ぐらり……どしゃ……。

 その場に倒れてしまった。


「元一!!」

「わかっておる!!」


 そんな偽島の足を引っぱって、即座にその場から距離を取る元一。

 偽島の魔素はほとんど吸収され、意識が朦朧もうろうとなっていた。

 それと同時に。


 ――――ごごごごごごごごごごごごごごごごごご。


 周囲に地響きが鳴った。


 加護の銃で撃たれた御神体は、わずかに傷がついただけだった。

 しかしそれは難陀なんだの逆鱗に触れるのに、十分な無礼であった。

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