第206話 最後の想い

 あれ……ここはどこだろう?

 朦朧もうろうとした意識。

 見慣れない山道を、かすんだ目で眺めながら偽島真子はまどろんでいた。


 私……部屋で眠っていたはずだけど……?

 体は――――動かない。

 いや、動いているのだけれど……自分の意志で動かしてはいなかった。


 ああ……これはきっと夢なんだ。

 自然にそう考える。


 ズルズルと足を引きずりながら、ぎこちなく山道を登っていく。

 靴は履いていたけど、片方が脱げていた。

 夢とはいえ……私、いったいなにやってるんだろ。

 

 こんな真っ暗な夜中に。

 一人で山登り。

 まるで家出でもしているみたい。


 そういえばこの間、パパにUSJの約束すっぽかされて泣いたんだっけ。

 でもあれは本当に悲しかったし、なんならいまでも怒ってる。

 仕事が忙しいのはわかってるんだけど……。

 でも、久しぶりにパパと思いっきり遊べるんだって。

 ずっと楽しみにしていた約束。

 行けないって言われたら、もう良い子でいられなくなった。

 だからこうして、夢の中でもねて家出をしているのだ。


 どんどん道がせまくなってきた。

 坂も急に、地面もデコボコが大きくなって息があがってきた。

 夢だから苦しくはないけど……。

 でも本当だったら……こんな夜中の山道なんて、怖くて一人でなんてとても歩けない。


 パパ、ママ……私がいなくなってどう思うかな?

 夢の中でも悲しんでくれるかな?

 そうしたら今度こそ連れて行ってくれるかな?


 最近、クロードさんって人を雇ったみたい。

 住み込みで働いてる。


 とっても美形な外国人さん。

 どこの国の人か、事務のお姉さんや社員さんに聞いてもよくわからないって。

 なにか事情があるのかな?


 わからないケド、よくパパと喧嘩しているのを見かける。

 現場監督さんが言っていた「アイツは強い」って。

 そうすると……パパの〝怖い方〟の友達なのかもしれない。

 でも「バカ」とも言われてたし……どうなんだろう?

 チラチラ見ていたら、おせっかいな事務員さんに「好きなの?」って聞かれた。

 そんなわけじゃないって返事したんだけど、赤くなっちゃって……きっと誤解している。


 私はパパと一緒にいたいだけ。

 なのにパパは会社で私を見かけても、あの人ところに行っちゃうから……。


 道が本当に険しくなってきた。

 辺りは木々が生い茂って、街の明かりも見えなくなった。

 私は急に寂しくなって家に帰りたくなったけど、体が言うことを聞いてくれない。

 ズルズルと、言うことを聞かず、おぼつかない足取りで登っていく私の体。


 なんだか……幽霊みたい……。

 そんな風に考えると、先に見える暗闇がなんだかとても恐ろしいモノに見えてきて……涙が滲んできた。


 パパ……ママ……やだよう。……こわいよう。


 これ以上進むと、もう二度と返ってこれなくなるような気がして、とても怖い。

 夢だとわかっていても……パパやママと永遠に会えなくなるなんて……絶対いや。

 

 小さな石祠が見えてきた。

 その上にとても大きな……漫画で見るような龍が浮かんでいた。

 

 私は泣きながらその龍を見上げると、龍は言った。


『ヌシに想い人はいるのか』って。


 どう答えたらいいかわからないし口も動かせなかったけど、龍は勝手にうなずいて、


『……ほう? 強い想いがあるようだな。んふふ……それはいい。我は色と想いをなにより好む。ヌシはとてもうまそうだ』


 そう言うと、大きな口を開けてきた。

 

(パパ――――助けて……)

 

 飲み込まれるとき。

 私は最後にそう想って……そして暗くなった。





「……そろそろ着くな」


 先頭を行く元一が、猟銃を構えてつぶやいた。

 難陀なんだが巣食う龍脈の祠まで、あと少しのところまできていた。


「魔神アルハラムに命ずる。汝、その御力の欠片を刃とし万物を滅する威を示せ――――魔呪浸刀レリクス


 元一の目配せをうけ、アルテマは銃に悪魔の加護をかけてやる。

 堕天の弓も一応背中に背負ってはいるが、暴走してしまったこともあり、元一の中では二軍落ちしてしまった。

 代わりに加護を受けた猟銃デビルライフルを昇格させている。


「偽島よ、お前にも一応かけてやろう」


 偽島は会社から持ってきた拳銃を握っていた。

 当然、許される物ではなかったが、無敵の神龍などという非現実的なバケモノ相手に社会のルールを持ち込む者など誰もいない。

 元一たち昭和初期育ちはもちろん。

 ヨウツベら平成生まれ組も、そこは〝見ていない方向で〟理解した。


「……ああ、すまんな」


 ついさっきまで宿敵だったアルテマの魔法を受け、バツの悪そうな顔をする。

 やがて難陀なんだの気配が強まってくると、アルテマも竹刀(予備)を抜いて加護をかける。


 そして見えてきた。

 目的地である、龍脈の石祠が。

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