第208話 窮鼠猫を噛む①

 ――――ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご。


 背筋が凍りつくような威圧感。

 神体の玉から放たれるそのプレッシャーに、アルテマは全身から汗を噴き出す。

 やがて空中に無数の光が現れると、集まり、和龍の形を作り出した。


「……あ……こ、これが……な、難陀なんだ……!?」


 その光景をカメラに収めながらヨウツベが震えた。


「な……なんだか……願いを叶えてくれそうな姿をしているけど……?」


 不謹慎にも、某国民的格闘冒険漫画を連想するぬか娘。


「さがれお前たち!!」


 そんな二人を引っぱって、アルテマは大きな木の陰へと隠れた。

 偽島を引きずった元一も同じく大木の影へと滑り込んだ。


「ばかもんがっ!! なんてことをするんじゃ貴様はっ!!」

「……はぁはぁ…………」


 怒鳴りつける元一。

 だが、偽島は魔素を吸収され過ぎて意識が朦朧としてしまっている。


『……我の眠りを妨げたのは誰だ……?』


 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご。


 ゆっくりと、目を開けた難陀なんだが語りかけてきた。

 その全身には怒りのオーラが満ちている。

 眠りを邪魔された上に寝所を荒らされたのだ、当然の怒りだろう。

 アルテマたちは息をひそめ動かないようにしているが、


『……貴様だな』


 あっさりと偽島の気配を手繰った難陀なんだは、影に隠れている元一ともども潰してやるべく、大きく口を開いた。

 虚空から魔素がにじみ出て、光となり、口の中に飲まれていく。

 それが充填されたとき、かつて放った凶悪な咆哮ブレスが吹き出されるのだ。


「――――ま、まずいっ!?」


 それを察して、元一が偽島を抱えながら場を離れるが、難陀なんだにとっては関係ない。周囲の木々、土岩もろとも塵に変えてやるだけ。


『俗物が……地獄で無知を悔いるがよい』


 充分に溜まった魔素は龍の神力じんりきへと変わり、バチバチと火花を散らす。

 逃げる二人に向かって狙いをさだめた難陀なんだは、その力を怒りのままに放出しようとするが、


「ダ、ダメだっ!! まってくれ難陀なんだ!!」


 アルテマがその射線上に飛び出してきた。


「ちょ、あ!? アルテマちゃん!?」


 抱きついていたぬか娘も、一緒に引っかかってくる。


『――――ぬっ!??』


 その小さな巫女を目に入れると、難陀なんだは吐き出す寸前だった咆哮をすんでのところで飲み込んだ。


 ――――ぼしゅ!! ぷしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん……。


 牙の隙間から煙に似た神力のかけらが蒸発していく。


『…………ヌシは、アルテマ……か?』


 咆哮は止めたが、怒りに染まった目はそのままに睨みつけてくる。

 アルテマは竹刀を収め手を広げると、


「すまない!! 祠を荒らしたことは謝る。どうか怒りを沈めてくれないか?」


 謝罪と無抵抗の意志を示してみせた。

 難陀なんだはそんな鬼娘の顔を見下ろし、


『我を亡き者にとの願いだったが……まさか、こんなつまらぬ手段がヌシの答えだったのか?』


 拍子抜けしたような、気抜けしたような声色をだした。

 事情があって龍脈の流れを回復させたい。

 そのために我に消えて欲しい。

 そう願ってきたこの鬼娘。

 むろん消えてやる義理などない。

 断ってやったのだが、しかしこのまま引き下がらぬだろうこともわかっていた。


『どんな手段でやってくるだろうかと。どんな余興を見せてくれるだろかと。無限の暇の慰めに楽しみにしていたのだが……まさかこんな野暮を見せられることになるとはな? 我の人をる目も腐ってしまったと……いうことか?』

「いや、ち、違う!! これはその話とはまた別の話だ!! 非礼については重ねて謝る!! しかしこの男にも言い分はある!! どうか話しを聞いてやってくれ」

『……ほぉ? 言い分……?』


 元一に担がれて、息も絶え絶えな偽島。

 彼はその朦朧とした目で、それでも難陀なんだを睨みつけていた。





『……その娘なら、すでに食らってやったぞ』


 会話する体力も残っていない偽島に代わりアルテマが事情を説明すると難陀なんだはそれがどうしたとばかりに軽く、事実を話してきた。


 難陀なんだにとってはいまさら人の命など、そこらの草木と同様、ただの糧でしかない。

 一縷いちるの期待を持っていたアルテマたちだったが、そのあまりに慈悲のない返事に言葉をなくして立ちすくんだ。


『言っておいたであろう、贄を捧げよと。でなければ我は好きなように娘を引きつけ喰らい続けると。その中に、ヌシらに都合の悪い者が混ざっていたとしても、我には関係のない話しよ……ふははははははははははは』

「き……貴……様……っ!! こ、殺……して……」


 その笑いに、気が触れそうなぐらいの怒りを込めて歯を食いしばる偽島。

 たとえ身が引きちぎれようとも、難陀なんだに向かって行きたいが、もはや指一本すら動かせない。

 そんな偽島を地面に下ろして、元一は加護のかけられた猟銃を、静かに難陀なんだへと向けた。


『……どういうつもりだ爺よ。貴様も……我に歯向かうつもりか? ……言っておくが我は男に容赦などせんぞ? 塵にされたくなくば、いますぐそのガラクタを放り、膝を折って頭を垂れよ』


 そんな神龍の眉間に狙いをつけ、元一は、


「かつて人じゃったと聞いていたが……そんな名残はもう無いようじゃな。……ならばお前はただの害獣じゃ。神と崇めてやる義理もないわい……」

『ほぉう……』


 ――――いいぞ、それでいい。


 難陀なんだは余裕に満ちた目で元一を見下ろしてやった。

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