第198話 守り手⑧

「ぐぇっほぅっ!???」


 勝ったと思い、全力で振り下ろした金属バット。

 しかしその大振りのスキを突かれて、みぞおちに手痛いカウンターを食らってしまった。

 さらに――――ぐりっ!!

 腿に刺さっていた魔法の矢もねじられる。


「ぐあぁぁああぁぁぁああぁぁぁっ!!!!」


 激痛にバットを手放してしまう偽島。

 元一の足元に転がり、遠くへ蹴り飛ばされてしまう。

 そこへさらに、


 ――――どむ、どむどむぅっ!!!!


 一撃、二撃と拳が脇腹に打ち込まれた!!


「ぐ、か、くっ!! こ、この!! ジジイがっ!!!!」


 激怒に目を血走らせ、浮かび上がってしまいそうな腰をなんとか押さえ、馬乗りの体勢だけは死守する。

 下から突き出してくる拳を、上半身を倒すことで無効化し、さらに腕を絡めつつ首を締めにかかった。


「し……しぶとい……老いぼれがぁ……!! お前一人……殺したところで俺はどうとでもできる!! 本気になれば、そのくらいの力はあるんだっ!!」

「ぐ……くく……うぐぅ」


 ――――ぎりぎりぎりっ!!!!


 残りの力すべてを注ぎ込んで、指を肉にめり込ませる。

 元一も抵抗するが、純粋な力比べなら、もう若いものには及ばない。

 激しい闘いで息が上がっているうえに、塞がれた気道。

 急激に視界が暗くなり意識が薄くなってくる。


(だ……だめじゃ……こ、これは……!?)


 逆転してやったつもりの元一だったが、偽島の予想以上の踏ん張りに押し切ることができなかった。


 若さと体力。

 決定的な年の差で、接近戦はやはり分が悪すぎた。

 娘を思う気持ちもあったのだろう。

 偽島の力は限界を超え、万力まんりきのごとく首を押しつぶしてきた。


「が……はっ!!」


 必死の抵抗叶わず、いよいよ意識を失いかけたとき――――、


『――――ザキエルッ!!!!』


 というクロードの叫びと、


『なぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁっ――――っ!???』


 アルテマの絶叫が聞こえてきた。

 かすれた視界でそっちをみると、魔法で生み出された竜巻に飲み込まれ、天高く舞い上がっていくアルテマの姿が。

 そしてさらに、


『殺しはしないと言ったが、しかしそれなりのケジメはつけさせてもらうぞ? そう……敗者の恥辱という名のケジメをなぁ、ふははははははははははっ!!!!』


 耳障りな高笑いと、


『敗北した女騎士というものはみな〝脱がされる〟というのがこの世界の絶対的ルール。知らぬとはいわせんぞ?』


 という、最低極まりないセリフが聞こえて、

 ――――ブチンッ!!


 頭の中の血管、それもわりと太めのやつが一本切れた。


「ぬぐぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉおぉぉおおぉおおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉおおっぉぉぉっ!!!!」


 何度か出した怒りMAXの黒オーラ。

 しかし今回は密度が違う。

 仰向けに押さえ込まれた元一の背中からは、さっきよりもさらにハッキリと、骸骨ガイコツ姿の悪魔が生み出される。


「な……なん、なん、だ、貴様っ!??」


 ……メキ……メキメキ……。


 突然跳ね上がった元一の握力。

 偽島の腕を掴むと、まるで別人のような力で首から引き剥がす。


「ぐ……こ、この……ジジイ、どこにそんな力がっ!??」


 残っていたんだ、と思ったがそうじゃない。


 これは筋力じゃなくて――――魔力!?


 そっち方面はまるで知識がない偽島だが、直感でそう感じた。

 薄っすらと見える気持ちの悪い悪魔。

 どこから湧いて出たかしらないが、ジジイの怒りが呼び起こしたものか?


「ぐあぁぁっ!??」


 腕の骨が軋みを上げて、たまらず偽島はのけぞった。

 そこに――――どむっ!!!!

 強烈な膝蹴りが背中に入った。

 寝たままの体勢で入れられた膝だったが、十分な威力。


「ぐふぅ!??」


 息がつまり、思わず腰が浮かび上がる。


「――――ぬんっ!!」


 そのスキに体をねじられマウントを崩されると、


「しまっ!?」

「ぬぅぉりゃあぁっっぁぁぁぁぁああぁっ!!!!」


 胸ぐらを掴まれ、思いっきり引き倒されてしまった。


「ぐあっ!!??」


 ――――ガシャァッ!!


 顔面から砂利へ突っ込んでしまった偽島は、その勢いのまま転がされ、倒れ伏してしまう。

 かわりに起き上がった元一は、蹴躓けつまずくように距離を取ると、ゆっくりと振り返り、鼻血を噴き出す偽島を朦朧もうろうとした目で見据えた。


「……ワシの……娘…………二度と……」


 そしてブツブツと何かをつぶやく。

 その目は怒りを超えて、重く座って見えた。


「く――――このっ!?」


 その迫力にゾッと背筋を凍らせた偽島は、それでも引かず、なんとか立ち上がる。     

 蹴り飛ばされたバットに目を移すが、


「――――手放さんぞ!!」

「っ!?」

 

 ――――どごぉんっ!!!! 


 瞬時に間を詰めてきた元一に、渾身の一撃ストレートを食らってしまった。

 

「ぐはぁっ!??」


 衝撃とともに歯が何本かふっとばされる。

 体も飛ばされかかるが、その前にネクタイを掴まれ、引き戻された。

 そして、


 ――――どごんっ!!

 頭突き。

 ――――ごすっ!!

 肘打ち。

 ――――ずどごっ!!

 膝打ち。

 ――――メキャッ!!!!

 また頭突き。


 いいように殴られ、あっという魔に意識朦朧もうろうへ。


 さらに――――しゅぅぅぅぅぅぅぅ……。

 折れたはずの堕天の弓が修復した。

 骸骨の悪魔が再生させたのだ。


「な……が、くは……っ!?」


 それを受け取った元一は、偽島から手を離し、素早く距離を取ると、

 ギリィィィィィ……。

 よろける心臓目掛け、狙いをさだめた。

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