第197話 守り手⑦

 傷さえ負わされていなければ、こうも簡単に吸収されることもなかったろうが、皮膚という壁が裂かれた箇所からは、とめどなく溢れた魔素がどんどんと逆神の剣へと飲み込まれてしまっている。


 魔素回収用付属空中線。


 剣の形をしているのは〝そう使え〟という制作者のメッセージなのだろう。

 これじゃほとんど〝血を吸う魔剣ブラッディーソード〟じゃないかと青ざめるクロード。


 吸い込まれていく魔素を見て、かつてアルテマがやっていた魔素吸収と同じだと理解したぬか娘は、しめた、とより強く剣を振るった。


「ば、ばかやめろ……!! 貴様……ま、まて……」

「待ってたまるかぁこの野郎ぉ!! どけぇ離せぇ!! えいえいえいえいっ!!」

「く……そっ!! こ……これはたまらんっ!!」


 振られれば振られるほど抜け出ていく魔素。

 このまま密着していてはミイラになるまで吸い尽くされてしまう。

 クロードは関節技を解いて、ぬか娘から飛び離れた。

 吸収系の定石として、とりあえず距離を取れば脅威からは逃れられる。


「もう、このバカッ!!」


 ――――どむぅっ!!


「ぐはぉうっ!??」


 その際、ぬか娘が苦し紛れに放った後ろ蹴りをモロに腹に受けてしまう。

 普段ならこんな素人娘の蹴りなど当たりはしないし、当たっても効きはしないのだが、魔素吸収されて弱ってしまったいまは、それなりのダメージが入ってしまった。


「――――ぐぉ……お、おのれぇい、こ、このエロゲ戦士がぁ……」


 腹を押さえてヨロヨロと後退するクロード。

 そんな彼の足元に、


 ――――どしゃぁっ!!


「……?」


 何かが転がってきたかと思うと、


「――――――――っ!!!!」


 空からアルテマの叫び声が響いてきた。





「――――はぁはぁはぁ……この……しぶといジジイめ……」

 ――――バチ、バチチチチチィッ……!!


 聖なる加護を宿したバットと、魔の素を含んだ弓が反発しあう。

 偽島のバットは、堕天の弓に受け止められて、いま一歩のところで届いていなかった。

 かたや元一は繰り出された連撃を防ぎ切ってはいたが、受けるたび魔素を消費して、ただでさえ尽きかけていたものがもうほとんど残っていない。


「真子を……返せ……!! いまなら……まだ半殺しくらいで……すませてあげますよ……?」

「状況が見えておらんようじゃの……。お前の私兵はもう壊滅しておる。詫びを入れて引き返すのはお前らの方じゃ……青二才よ」


 ポタポタポタ。

 偽島の汗がしずくとなって滴り落ちる。

 刺された太腿と足の甲には、激しい痛みと痺れが起こっていて、こちらも体力の限界が近かった。


「……取り引きか?」

「?」

「……娘の無事と引き換えに、工事の中止を求めるつもりなんだろう?」


 そう聞く偽島の瞳に怒りの火が灯る。

 しかし元一にもおなじ怒りが燃え上がった。


「……小僧、ワシらがそんな卑怯なことをする人間にみえるのか?」

「こんな仕事をしていると……いろんな住人とイザコザを起こします。そのほとんどは金欲しさにゴネてるだけの低級貧民どもですがねぇ。……でも、その中からたまに出てくるんですよ〝手段〟に酔いしれて〝目的〟そっちのけで過激に走る連中がねぇ。お前たちは上級組織に抵抗する快感におぼれ、目的を見失ったタダの暴徒です!! そんな者たちに下げる頭も、巻く尻尾も持っていませんよっ!!!!」


 ――――ガギャァンッ!!!!


 もう一度、渾身の力で振り下ろされる聖なるバッド。

 激しい炸裂音がして黒と白の破片が飛び散った。


 ――――めきゃっ!!


「ぐぅっ!??」


 飛んだ破片はお互いの加護の光。

 闇の加護を相殺された堕天の弓は、同じく聖なる加護を失ってしまった金属バットと衝突する。

 魔竜の背骨を材料に組まれたという堕天の弓。

 それなりの耐久力はあったが、それでも加護を剥がされてしまっては、地球の技術で精製された、硬く丈夫な金属棍には敵わない。

 一撃をギリギリで受け止めはしたが真ん中から真っ二つにへし折れてしまった。


「なっ……弓がっ!???」

「はぁぁああぁぁぁぁっ!!!! くたばれぇっ!!!!」


 バットのほうも加護は消えたが、武器としての破壊力はまだ生きている。

 偽島は鬼気なる笑いを浮かべ、勝ちを確信。

 トドメの一撃だと、大きく息を吸って思いっきり振りかぶった。


 しかし元一から言わせれば、それこそ本当に素人の動き。

 仕留めた、と思った瞬間ほど冷静に。

 自分に落ち度がないか再確認するのがプロというものだ。

 せっかく覆いかぶさっていたものを、必要以上に大きく振りかぶるものだから上半身が起き上がり、胴がむき出しになってしまっている。

 さあどうぞ、と言わんばかりに。


「死ねやぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!!!!」

「――――ぬんっ!!」


 ――――ガガガキャンッ!!!! ――――どむぅっ!!


 押さえが軽くなり、自由になった元一の上半身。

 振り下ろされたバットを、折れた弓で滑らせるように受け流す。


 そしてもう片方の弓片は――――偽島のみぞおちに深くめり込んでいた。

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