第193話 守り手③

「……やれやれ、どうやら上手いこと手加減できておったようじゃのう」


 下にいる六段から『大丈夫だ』との合図を受け、ひとまず安堵する占いさん。 

 結束荘の二階からは決戦場となった河川敷が見渡せる。

 砂利の上には文字通り、人がゴミのように散らばって、一見するとすべては死体に見えそうだが実際はみな気を失っているだけ。


 元一が密かに魔法弓の研究をしていたことは年寄り組はみな知っていた。

 ただ実践で試すのはこれが初めてだったので、はたして上手く加減ができるのか心配はあったが、それも無用だったらしい。


「……そういう特性があるんなら、あらかじめ知らせておいてほしかった……」


 そんなこととはつゆ知らず、ヨウツベたちと同様〝やらかした〟と青ざめてしまっていたモジョは、うらめしげに飲兵衛を見た。


「カカカカ。すまんな、まだ試行錯誤中や言うとったから……。せやけど血ぃとかは出とらんやろ? よぉ見れば気づくことやで」

「……む」


 たしかに、これだけの人が倒れていて血の一滴も流れていない。

 いや、六段にやられた連中はきちんと(?)怪我をしているので、それに混ざってカモフラージュされているのか? 

 ともかく事情を知らない下の連中は、なにやら勘違いしたまま戦っているようだ。


「まぁどうせ、どつき合わんとおさまらんのやし……ええやろ、やらせとけ。ワシらはここでのんびりと見物させてもらおうやないか、ひひひひ」


 日本酒の小瓶をぶら下げて、飲兵衛がさも面白そうに笑った。


「……そうじゃの、いざとなったらわたしが一発お見舞いしてやろうと思っとったが……どうやらもう出番はなさそうじゃ……」


 かすかに魔力の火花が散っている『退魔の杖』を壁にあずけ、占いさんも腰を落ち着けた。その隣に節子も座って、飲兵衛と一緒に三人で、お酒をかたむけ始めた。


 ちょっとした暴動とも思えるこの騒ぎを、まるでスポーツ観戦か何かのように楽しんでいる老人たちを見て、モジョはあらためて昭和人コワイと思った。





「くそっ!! この、この老いぼれジジイが!! ちょこまかとっ!!」


 全力で、だけども不格好に金属バットを振り回しながら追い迫る偽島誠。

 攻められる元一は、老いていながらも俊敏な動きでその打撃を華麗に避け、後ろに後退していっている。


「真子をどこに隠した貴様ーーーーーーーーっ!!!!」


 それでもがむしゃらに打撃を繰り返す偽島は、ヤクザまがいな組織の幹部でありながらも、喧嘩や格闘技などとはこれまで無縁。

 手荒ごとはすべて現場監督などに任せていて、自分からは決して相手を傷つけない用心深さがあった。

 そんな彼がいま子供のように逆上し、後先なく暴力を振るっているのは、愛娘という計算では計ることのできない大切なものを奪われているからだろう。


「その話は、落とし前をつけてから聞かせてやるわいっ!!」


 元一も、偽島と同じ思い。

 話し合いよりもまず、アルテマに危害を加えようとしたコイツが許せなかった。

 まずは一発くれてやらなければ収まらない。

 そんな感情主体の、子供まがいの喧嘩がこれの正体。

 ――――ガシャッ!!


「っ!?」


 後ろ向きに下がる元一の足が、飛び出た石に引っかかる。

 つんのめり、一瞬だけ動きが止まった。

 またか、と舌打ちをする。

 どうにも思っていたより体が動いていない。


「ぬあぁぁぁぁっ!!!!」


 そこに偽島の、お粗末な、だけども渾身の一振りが襲いかかる。


「――ぐぅっ!!??」


 ――――ガキャシュゥゥゥゥゥンッ!!!!


 咄嗟に、堕天の弓を盾代わりにその打撃を受け流す元一。

 悪魔の加護と神の加護とがはじき合い、空間に歪みを生ませた。

 続いて魔法の矢を出現させると、それを短刀代わりに偽島の足へと突き刺した。


「ぐあぁっ!!?? ――――くっこのぉっ!!!!」


 左腿を刺された偽島は苦悶に顔を歪めるが、すぐに怒りを取り戻すと、そのまま力任せに元一の上へと乗りかかる。


「このっ、くそジジイが!! 偽島組を……俺をナメるとどうなるか、くたばりやがれーーーーーーーーっ!!!!」


 馬乗りになった偽島は、怒りと焦りのまま、狂ったようにバットを叩きつけ続けた。


 ――――ガキャシュゥゥゥゥゥンッ!!!!

 ――――ガキャシュゥゥゥゥゥンッ!!!!

 ――――ガキャシュゥゥゥゥゥンッ!!!!


 マウントを取られ、起き上がることのできない元一。

 ひたすらその攻撃を弓でしのぎ、反撃のチャンスを模索する。


「元一っ!!」


 それを横目で見ながらアルテマは、すぐにでも助けに向かいたかったが、妙な理屈を持ち出し、再び敵に回ったクロードに立ち塞がれてこちらも動くことができない。


「言ったはずだアルテマよ。二人の決闘に水を差すような真似は、この俺、聖騎士クロードが断じてゆるさん――――くっくくくくく」


 右手に聖なる加護を宿した剣、左手にラグエルの光を宿したクロード。

 アルテマの、歯がゆくも鬼気迫った表情を見て愉快げに笑った。


 その笑みに今期一番の苛立ちを覚えるアルテマ。

 ――――コ、コイツ……わ、私を困らせて遊んでやがるな!!

 場に便乗して、これまで溜まった鬱憤うっぷんを晴らしてしまおうと魂胆か!?


 馬鹿野郎、いまはそんなしている場合じゃないんだ!!

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