第192話 守り手②

 さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――……。


 夏の風が、川面かわもの上をすべって舞い上がる。

 騒動に散らされた名もなき草の切れ端が、その流れにのってフワリと宙に浮かび上がった。


 偽島は元一を。

 アルテマはクロードから目を離さない。


 四人にはそれぞれに戦う理由がある。

 誰が悪いというわけではなく。これは不幸な巡り合わせ。

 それでも互いを理解し合うには、一度壊さねばならないものもある。

 ゆらゆらと、不規則に揺れ落ちてくる草の切れ端。

 音もなく、砂利へと下りたその瞬間。


「いくぞっ!! 覚悟しろ卑怯者がぁっ!!!!」


 ――――ダッ!!

 偽島が、聖なるバッドを振りかぶって元一に突進した。


「ふん、青二才が!!」


 それを真っ向から受けて立つ元一。

 威勢はいいが、その動きはやはり素人。

 怒りに任せたがむしゃらな突撃にはいくらでも隙を見つけられる。

 だが、――――じゃりっ。


「むっ!??」


 かわして足でも引っ掛けてやろうと身を傾けるが、しかし元一も疲労で思ったように動けない。

 地面の上を滑らせたつもりの足が小さな石に引っかかり、逆にバランスを崩してよろけてしまう。

 その隙に距離を詰めた偽島が、渾身の一撃を振り下ろしてきた。


 当たれば一撃必殺の、本気の打撃。

 娘を奪い去られた上に、部下もほとんど殺されたのだ。

 容赦も加減もする気はなかった。


「元一っ!!」


 いきなりおとずれた元一のピンチ。

 間に入り加勢しようとするアルテマだが――――「ラグエル!!」


 ――――ゴッ!!!!

 そこに間髪入れず、クロードの神聖魔法が襲いかかってきた!!


「――――ぐっ!? アモンッ!!!!」


 神の嫌悪を光に変えたその魔法。

 くらえば自然物以外、すべては無に帰される。

 そんな光の砲弾も、打ち返すすべはいくつかあるが、アルテマの唱えた暗黒魔法『アモン』もその内のひとつだった。


 闇の炎は悪魔の神が作りしもの。

 神が作りし『自然』とまた同様に、尊きものであるからだ。


 ――――ドシュンッ!!!!


 光と闇の衝突に、なにかが消えた音がするが、消えたのは闇の属性アモンだけ。光の砲弾はわずかにその軌跡を上にそらされただけだった。


「くっ!!??」


 それでも体の小さなアルテマは、なんとかラグエルの下に潜り込む。

 通り過ぎたラグエルは、集落の廃屋ひとつに穴を開け、空のとんびに直撃したあと役目を終えて消えていく。

 幼女化し、能力がガタ落ちしている今のアモンでは、このぐらいの抵抗がやはり精一杯。なんとか最低限の仕事はしてくれたが、前回、そのまた前々回と、アモンで対抗しなかったのは魔力の差がありすぎると判断したからだった。


 ――――ギャキンッ!!!!


「元一っ!!!!」


 なんとか躱しはしたが助けに入れなかった。

 鈍いその衝撃音に、悲鳴まじりな声をあげる。

 しかし――――、


「ぐぐ……こ、この老いぼれがぁ……」


 顔を歪めていたのは、バットを振り下ろしていた偽島のほう。

 振り下ろしたはずの聖なる金属バットは、黒い矢ので受け止められ、額寸前のところで止められていた。

 魔法の矢をしのぎ代わりに、両手で攻撃を防いでいた元一だったが、偽島の足の甲にはなぜか矢がもう一本刺さっていた。


 矢を出し、バットを受け止めるその瞬間。

 先に足を攻撃し、踏ん張りを無くさせた上で受け止めたのだ。

 そうでもしなければ、剣でも槍でもない華奢な矢が、棍棒バットの一撃を止められるとは思えなかったからだ。

 恐るべきはその一連の早業を、体勢を崩しながらも繰り出した、元一の、狩人としての熟練度である。


「……ふん……老いたとて、くたびれようとも。山の獣と比べれば、お前の動きなんぞ止まってみえるわ……」


 もちろん半分は格好つけのハッタリ。

 本当はかなりあせったし、咄嗟の動きすぎて、自分でもどうしのいだか確信がなかった。ただ身体が勝手に動いてくれたというのが本音だが、それも含めて熟練の技。


 止まった偽島を押し返し、再び距離を取る元一。

 こっちのエモノは飛び道具。

 そもそも接近戦では話にならない。

 偽島も、もちろんそのくらいは判断できる。

 なので間合いを開けられてなるものかと、不格好な足さばきでも、離れていく元一を追いかけた。





 頭に刺さった黒炎の矢。

 それを聖なる爪ホーリークロウで触ってみると、やはり互いが干渉し、一瞬のゆらめきの後、矢は跡形もなく消えていった。

 六段はしびれる手を振りながら、矢を消してやった相手の首筋に、自らの腕をあてがった。


 すると――――とくんとくんとくん。

 しっかりとした脈が確認できた。


 やはり死んではいなかったかと、わかってはいたのだが。それでも一安心して冷や汗を拭う六段。


 実は元一の魔法の矢。

 出力調整が可能だった。


 ジルから教えてもらったことなのだが、込める魔力の大小で、さまざまな特性の矢に変えることができるという。

 もちろん魔法使いでもない元一に、そんな器用なことはできないのだが。

 単純に、一度に出す矢の量を増やしてしまえば、それぞれに行く魔力が減るわけで、結果、殺傷力のない矢になってしまう。


 どうかそこは気をつけてと忠告されたのだが、それを逆手に利用すれば、殺さず相手を無力化させる、鎮圧弾ならぬ〝しびれる矢〟を作れることに気がついたのだ。

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